レーダー照射に対する反撃は違法行為
北朝鮮の核実験がありましたが、驚きのニュースではないので、引き続きレーダー照射関連の記事です。
保守派に弓引くようにもなってしまい、記事を書くことに抵抗もあるのですが、実情を訴えて行く必要があると思うので、今回は、片山さつき議員のブログを取り上げて、自衛隊の行動権限について書きます。
「防衛出動がかかっていないからといって、何もできないわけではない!そしてまともな近代「軍」なら挑発としても非合理な面がありすぎる。」(片山さつきオフィシャルブログ13年2月7日)
2007年の石破防衛大臣の「レーダー波を照射されたら自衛措置をとっていいのが国際法上の常識」という答弁以外にも、自衛隊法95条で「自衛隊の武器等の防御のための武器の使用」は、許されており、護衛官もsHー60のヘリも、勿論防御対象のはずですから、この条文の諸条件がクリアされていれば、こちらも武器使用は可能です。
よく勉強されていると思います。
今回のレーダー照射に対して、”国際法上”自衛措置として攻撃できる事に言及している方、及び”国内法上”は「正当防衛として反撃できる」と言う方は多い(政治家にさえ存在する)ですが、片山議員のように95条に言及している方は、私がネットサーフする中では見当たりませんでした。「レーダー 95条」でググッてもヒットしません。
しかし、残念ながら「正当防衛による反撃」だけでなく、95条の適用も間違ってます。
まずは、”論外”である正当防衛による反撃から書きます。
正当防衛は、刑法36条で規定されています。
(正当防衛)
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
後略
これは、日本国民の全ての個人に対して、その生存権を保障し、自己防衛することを認めた条文です。
しかし、自衛隊の部隊が、国権の発露として武器を使用することを認めている訳ではありません。
そんな事を認めたら、それこそ自衛隊が存在し、他国の艦船や航空機から脅威を受けることに反撃することによって、自動的に戦闘が始まってしまうことを認めることになります。
正当防衛とほぼセットで語られる37条の緊急避難でも同じです。
自衛隊の行動に関しては、刑法では、むしろ35条の正当行為の方が、関連が深い条文です。
(正当行為)
第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
しかし、これも法令又は正当な業務となっている通り、自衛隊が行動するにあたっては、自衛隊法などの関連法規の存在が必要とされています。
そもそも、防衛省・自衛隊を始めとした官庁は、行政法で規定された権限の中でだけで行動できることになっており、禁止されていないことなら何でも行なってOKな民間とは違います。
自衛隊の場合、自衛隊法等で認められた権限のみが行使できます。
そうなると、今度は「自衛隊法に正当防衛が規定されているだろ」と思う方がいると思いますが、それらは危害許容要件として刑法36条の要件が借りられているだけです。
ただし、刑法第三十六条 又は第三十七条 に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。
ただし書きとして、人に危害を加えて良いのは、正当防衛や緊急避難の場合のみであると、むしろ権限を限定しているに過ぎません。
以上のように、国内法上は、正当防衛であれば(正当防衛を根拠として)、護衛艦が反撃できたというのは、完全に誤りです。
(国際法上は別です)
では、自衛隊には何の権限もないのかと言えば、そうではありません。片山議員が指摘した95条の武器等防護の規程があります。
(武器等の防護のための武器の使用)
第九十五条 自衛官は、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備又は液体燃料を職務上警護するに当たり、人又は武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備若しくは液体燃料を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六条 又は第三十七条 に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。
95条は、なんら行動任務(防衛出動や治安出動等)が発令されていない場合においても武器を用いる事が規定されている唯一(対領侵を除く)の条文です。
つまり、95条は、平時であっても常に適用されている条文なのです。
片山議員は、この点を認識して書かれていると思います。
だがしかし……
一つ問題があります。
片山議員が「護衛官(護衛艦の誤字)もsHー60のヘリも、勿論防御対象のはず」と書いているように、この95条の武器等防護の規程は、実際の運用は、かなり制限をされています。
詳細は、「武器等の防護に関する達」に規程されていますが、これは公開されていません。
参考答申書
警護物件の区分等警護任務に関する部分及び武器使用の命令等武器の使用に関する部分については,自衛隊法95条に規定する武器等の防護を実施する際の武器使用の手順や考え方等が含まれており,これを公にした場合,我が方の手の内を明かすことになり,相手方がこれを踏まえた行動を採ることが可能となる……後略
公開されている情報としては、防衛省のサイトで説明されている武器使用規程のページがあります。
武器使用規程
2 武器などの防護のための武器の使用
武器などの警護を命ぜられた自衛官は、武器などやこれらを操作している人などを防護するため必要な場合に、通常時から武器を使用することが認められています(自衛隊法第95条)。この武器使用は、次のような性格を持っています。
(1) 武器を使用できるのは、職務上武器などの警護に当たる自衛官に限られること。
(2) 武器などの退避によってもその防護が不可能である場合など、他に手段のないやむを得ない場合でなければ武器を使用できないこと。
(3) 武器の使用は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度に限られていること。
(4) 防護対象の武器などが破壊された場合や、相手方が襲撃を中止し、又は逃走した場合には、武器の使用ができなくなること。
(5) 正当防衛又は緊急避難の要件を満たす場合でなければ人に危害を与えてはならないこと。
分かりにくい文章ですが、解説すると今回の反撃は、絶望的であると分かります。
まず、護衛艦の艦長や火器管制を行なう隊員が警護に当たる自衛官に指定されていなければなりませんでした。
実際に指定されていたかどうかは、情報がありませんし、通常どうだという事も書く訳にはいかないので伏せます。
しかし、本来、この条文は、不法分子が基地等に侵入して、武器の破壊や、特に”強奪されることを防止”することを念頭に制定された条文なので、警護に当たる自衛官は限定されるものだという事実があります。
そして何より、次のようなニュースの存在が、この警護に当たる自衛官が限定されていることを示しています。
「北ミサイル対応、F15がイージス艦を警護へ」(読売新聞12年3月30日)
防衛省は(中略)、東シナ海などに展開するイージス艦にF15戦闘機の警護をつける方針を固めた。
ロシアや中国の情報収集機が飛来し異常接近する恐れがあるためで、自衛隊法95条の「武器等防護のための武器使用」規定を初めて適用する形で配備する。
普段は、護衛艦が攻撃を受けても、航空自衛隊機がこれを防護するために武器を使用することは許可されていないのです。
また、「武器などの退避によってもその防護が不可能である場合など、他に手段のないやむを得ない場合でなければ武器を使用できない」と書かれている通り、今回の照射事案でも、まず第一に退避し、退避が困難で、逃げ切れない、あるいは拿捕されそうであるなどの状態で無ければ、武器を使用できませんでした。
さらに、「事態に応じ合理的に必要と判断される限度に限」られる上、「正当防衛又は緊急避難の要件を満たす場合でなければ人に危害を与えてはならない」以上、火器管制レーダーの照射に対して、砲やミサイルを発射して反撃すれば、完全にやり過ぎであり、違法でした。
つまり、片山議員が指摘した95条を根拠にした反撃も、完全にムリだったのです。
私(空)や中村秀樹氏(海)、それに柳井たくみ氏(陸)等、自衛隊OBが、こぞって創作モノで国内法制上の縛りによって、自衛隊の絶望的な状況を描くのは、何も話をドラマチックにしたいからだけ(もちろんそれもあるけど)ではありません。
では、どうすべきかという論は、また別の機会に書きたいと思います。
最近のコメント