停泊原潜・原子力空母が津波被害を受けた場合の原子力災害の可能性
1年も前の記事「原発テロ記事と防衛計画の大綱見直し」に、停泊中の米原潜や原子力空母が津波被害を受けた場合、原子力災害が発生する可能性はないのかというコメントを頂きました。
私は、原子力の専門家ではありませんが、原子力実験船『むつ』以降、長い時間が経過し、日本には現代の船舶用原子炉の専門家などいないにも等しいので、一般に公開されている情報を付き合わせて考えて見ました。
米原潜や原子力空母が停泊中に被災する可能性があるのは、なんと言っても横須賀でしょう。
関東の震災で、現在最も懸念されている地震は、南関東直下地震ですが、これは海溝型地震ではなく、そもそも津波の可能性はないとされているため、心配する必要はありません。
関東近海で津波を発生させる海溝型地震としては、南関東地震がありますが、発生周期が200~400年であり、前回が1923年の大正関東地震であるため、次の発生が100年以上先である可能性が高く、30年以内の発生確率はほぼ0から1%とされています。
南関東地震(神奈川県HP)
懸念されるのは、南海トラフ地震ですが、震源域は伊豆半島の西側なので、横須賀の津波被害はそれほど大きくないと思われます。
このため、原潜や原子力空母が大きな津波被害を受ける可能性自体があまり高くないのですが、可能性はもちろんあります。
その場合の米軍マニュアルがどうなっているのかは分かりませんが、基本的に、可能ならば緊急出航して津波の影響を受けない沖に出ることになるでしょう。ただし、予想される波高が低ければ、2次災害を防ぐ意味でも、慌てて艦を動かさない方が適切だと思われます。
原子力機関の場合、他のエンジンと異なり、完全に止めると言うことがそもそも不可能なので、大きな津波が来るとなれば、舫を断ち切り、当直勤務者だけでも出航することになると思われます。
港湾関係者も、原潜や原子力空母を沖に出す事を最優先にするでしょう。
しかし、それでも間に合わない事はありえます。
原潜の場合、出航も間に合わないとなれば、津波の影響を少なくするために、沈底するのも手だと思います。(人手がいなければ、出航以上に難しいかもしれませんが)
打ち上げられる事が避けられなければ、原子力機関は当然緊急停止させるでしょう。
しかし、福島原発が緊急停止したにも係わらず、あのような事故になったことで、コメントをくれた方を含め、多くの方が、例え原子力機関を緊急停止させたとしても、原潜も同様にメルトダウンする事を懸念していると思います。
福島原発がメルトダウンした主な理由は、電源喪失による冷却水ポンプ停止によって生じた冷却水不足にあったようですが、原潜の場合、電源喪失が起こったとしても危険性は高くありません。
というのも、現代の米原潜の場合、冷却水ポンプが潜水艦の位置を暴露する騒音発生源となるため、ポンプを止めても、対流によって冷却水循環ができるようになっているためです。
通常出力での運転では、恐らく時間的な限界はあると思いますが、緊急停止させ臨界を止めた状態であれば、ポンプはそもそも不要かもしれません。
ただし、陸上に打ち上げられ、船体が転覆してしまえば、正常な対流は起こらない可能性があり、水面上に出た原子燃料がメルトダウンする可能性がないとは言えません。
しかし、潜水艦の場合、そもそも水中で3次元機動するものですから、相当な傾斜が生じても原子炉も正常な作動ができるように設計されていると思われます。(完全に転覆しても、燃料が水面上に出ない構造になっているかもしれません)
船体が損傷する可能性については、潜水艦の場合は、耐圧船殻が水中数100mの強烈な水圧に耐えるものであるため、東日本大震災での津波くらいの流速では、船殻までは損傷しない可能性が高いと思います。
米原潜サンフランシスコは、2005年に時速60km以上の高速で水中航行中に海山に衝突するという大事故を起こし、バラストタンク等が損傷していますが、耐圧船殻の損傷は軽微で、原子炉も無事でした。
サンフランシスコ (原子力潜水艦)(wiki)
原子力空母の場合、その巨体が最大のメリットになると思われます。
原子力空母の場合、港内で津波を受けても、喫水下が10m以上もあるため、相当レベルの津波でなければ、打ち上げられることはありません。
東日本大震災時の津波でも、波高が10mを越えた場所は、被害が非常に大きかった地域だけです。
東日本大震災で確認された津波の高さ
波高が10mを越えても、その程度では、単に打ち上げられるだけで、大きく損傷したり傾斜したりすることはないと思われます。
果たして、どの程度の波高であれば、あの巨体が傾くのか分かりませんが、東日本大震災による津波に比べ、遡行高にして倍にも達したとする伝説がある八重山地震による明和の大津波もあるため、やはり可能性としてはありえることです。
八重山地震(wiki)
ですが、潜水艦ほどではないにしても、空母も戦闘艦として、転覆が不可避というレベルの傾斜になるまでは、排水ポンプの稼働など、ダメージコントロールのために電源が不可欠であることは当然で、相当の傾斜になっても電源喪失はしない設計になっているはずです。
それを考えると、やはり明和の大津波級の津波でなければ、電源喪失により冷却水が不足し、メルトダウンに至るという事故は、なかなか発生しないだろうと思われます。
空母の場合、船体は大きくとも、強度は潜水艦ほどはありませんから、メルトダウンに至る程の事故でなくとも、多少の冷却水が漏れる程度の原子力災害は発生するとは思いますが、その程度では、それほど大きな被害はでませんから、実際上の問題は、それほどないと思われます。
やはり、大きな被害が発生する可能性があるのは、メルトダウン以上の事故ですが、以上のように戦闘艦の原子炉は、発電用の原子炉と比べて、相当な異常状態でも作動限界にならないよう設計されているため、発電用の原子炉と比べれば、津波でも電源喪失して危険な状態になる可能性は低いと思います。
ただし、映画並の巨大津波が押し寄せ、陸上に打ち上げられてしまった場合には、原子炉を緊急停止させたとしても、余熱の冷却とそのための水供給は、時間との勝負になると思われます。特に原子力空母の方は危険かもしれません。
また、それほどの巨大津波でなかったとしても、現実的な問題としては、津波発生後に、陸上から海に戻った海水が泥濘を含んだ結果、あるいは、引き波の発生による海底泥の巻き上げが、原潜・原子力空母の取り入れる冷却水のフィルターを詰まらせる可能性はあります。
かなりクリティカルな部品なので、補用部品のストックはあるでしょうし、系も2重化され、交換も容易にはなっていると思いますが、やはりなんとか沖に出て清浄な海水を取り入れることができる状態にしないと、危険かもしれません。
また、原潜にせよ原子力空母にせよ、陸上に打ち上げられてしまった場合、移動させることが至難の業となるため、恐らく放射能の漏出を防止しながら解体しなければならず、時間的・経済的要素が大きな問題になると思われます。
また、解体までの長期に渡って、大量の水やその他の資材を供給し続けなければならず、津波の直接的被害よりも、時間的要素に伴う負担が、復興の大きな妨げとなる可能性が懸念される点です。
と言う訳で、津波で停泊中の原潜・原子力空母が被災した場合の原子力災害の可能性について考えて見ました。
イマイチ、危機的な状況になるとは思えないため、小説のネタにはなりにくいかなと思いますが、面白い思考実験テーマではあると思います。
最後に、この記事を書こうと思って調べた中で、神奈川県の共産党HPがなかなか面白い内容でした。
「神奈川県民を原子力災害から守るため、原子力空母・艦船の横須賀母港撤回を求める―日本共産党の提言」
共産党ですから、当然原潜・原子力空母の危険を書き立てている訳ですが、福島原発の事故のおかげで、一般の方のリテラシーが上がったためか、昔のように無茶苦茶ではなくなっています。
それでも、意図的なのか否かは分かりませんが、誤解に誘導するような書きぶりではあります。
しかし、メルトダウン時の被害想定を見ても、かなり恣意的な怪しい表現ではありますが、それほど酷いモノではありませんでした。
誤解されやすい言い方になってしまいますが、原発事故に功の部分ももあったと言えそうです。(当然、ほとんど罪ですが)
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