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2015年11月

2015年11月28日 (土)

創作通信_その9_新刊『深淵の覇者』電子版情報、POP、ポスター

新刊『深淵の覇者』発売まで、2週間あまりとなりました。

前回に引き続き、祥伝社さんが書店販促用のPOPとポスターを作って頂きました。

Pop
POPは、こんな感じなので、ペーパークリップとかで棚に置かれるものになります。

Photo
ポスターは、A4版です。
これが貼ってある書店さんには、当然置いて頂いているでしょう。

表紙、POP、ポスターと全て真っ青なので、青を目印に探して頂いたら見つかると思います。

電子版は、2週間程度の遅れで発売される見込みとのことです。
なので、電子版でも、年内には読んで頂けるはずです。

さて、お知らせだけでは何ですので、今回潜水艦を主軸に書いた理由を明かしましょう。

当ブログを読んで頂いている方は、私が以前から潜水艦を重視していることは承知してくれていると思います。
もちろん、そのことが、小説の舞台として潜水艦を選んだ理由の一つにはなっています。

ですが、それよりも大きな理由は、小説に限らず、ドラマを描くにあたり、読者を主人公に感情移入させる必要があるためです。

当然、個艦の動きに焦点を当てて描くことになりますが、ネットワーク化された現代の戦闘では、個艦は艦隊の中の一部でしかなく、悪く言えば歯車であるため、自在に戦闘することなどできません。

それでも、そこにドラマを描こうとするなら、司令官か中枢の幕僚、つまり東郷元帥か秋山真之を主人公に据えて描かなければならなくなります。(『黎明の笛』がこれでした)
日露戦争のように、誰もがその概要を知っている戦争ならば、それでもいいのですが、完全に創作の戦争を描こうとすると、戦争の全体を描きながら主人公の周辺を描く事になるため、長くならざるを得ませんし、読者を着いてこさせることも大変です。

ですが、潜水艦だけは、現代においても個艦で行動することが基本で、連携するといっても、哨戒海域を分担する程度です。
一度潜ってしまえば、時折浮上した際に通信ができるだけで、それ以外は自艦のセンサーだけを頼りに、1艦のみで全てを決定し戦闘します。

つまり、ドラマとして描きやすいのです。

というわけで、そうりゅう型とおやしお型潜水艦が活躍するエンターテイメント小説となっております。
が、どうしても私の趣味が入るので、かな~りテクノスリラーなものになっています。

潜水艦+テクノスリラーとなると、当然『レッドオクトーバーを追え!』という金字塔があるわけですが、当然意識しました。
ですが、似ている部分は少しもありません。

対象読者も日本人なので、日本的なメンタリティも踏まえて描きました。

とはいえ、そんな事は意識せず、お楽しみ下さい。

『深淵の覇者』は、12月12日発売です。

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2015年11月19日 (木)

ISテロ収束の鍵はイスラム社会が握る!

パリのテロを受け、様々な評論が出ています。

このテロは、ISの焦りを示すものだとする意見がある一方、反攻ののろしだとする意見もあります。

自爆ベストを使用している点で、焦りと表現するよりも、精神的な勝利があれば、それが勝利だとする精神主義が見て取れるような気もしますが、情報が少なく、判断は困難です。

ですが、注目すべき情報があると考えています。
それは、かなりの数のテロが阻止されているという情報です。
テロ7件阻止=過去半年間で-英首相」(時事151116)

また、18日にパリ郊外のサンドニ行われた銃撃戦も、テロ阻止事例と考えていいでしょう。

これが、なぜ注目すべき情報かと言えば、これだけの未然阻止が行われている背景には、相当数の”通報”があるだろうと思われるからです。
テロの未然での阻止には情報が必要ですが、その中でも、”通報”という形での情報は、極めて有効です。

日本でも、極左集団によるテロに対して、”隣の部屋の住人が怪しい”といった通報から判明するケースは、多かったようです。
警察が作っていた通報を奨励するポスターを見た人も多いでしょう。

ISのテロについては、当然ながら、イスラム社会の方からの”通報”が、これらの阻止に何より役立っているはずです。

今回のパリのテロでも、イスラム教徒が多数を占めるトルコからの通報に適切に対処していれば、防げた自体だったかもしれません。
トルコが「テロに関わる恐れ」と仏に2回事前情報 事件後、初めて照会」(産経151117)

日本における極左集団によるテロ頻発していた頃には、彼らに対する無言の支持、積極的に支持しなくとも、「『造反有理』と叫ぶ若者にも一分の理はある」といった消極的支持が、社会の中に一定数存在していたことが、大きく関係しています。
そうした人がいると、彼らをかくまったり、そこまでしなくても情報を伝達したり、あるいは見て見ぬ振りをする人が少なからず出てきます。

これこそが、テロの下地であり、そうした支持が無くなったことで、日本における極左テロは廃れていきました。

ISによるテロに関係して、かなりの通報、それも、イスラム社会からの通報があるであろうと思われることを考えると、ISは、確かに焦り始めているのかもしれません。

しかも、今回のテロで、そうした消極的なテロ支持は低下しそうです。
イスラム教徒がパリ同時テロを非難 ツイッターにハッシュタグ」(CNN20151117)
「今回は違う」 悲哀のパリ市民、広がる明日への不安」(AFP151117)

ISも、こうした世論の傾向になる可能性は理解していたのではないかと思います。
ですが、テロ組織は、テロによる恐怖によって、自己の存在を誇示しなければ、組織が保てないのでしょう。
泳ぎ続けないと死んでしまうマグロのようなものです。

テロを撲滅するためには、こうした消極的であっても支持される世論をなくしてゆくことが最も有効です。
IS支持者がイスラム教徒である以上、イスラム社会が、ISに「ノー」と言うことが、重要なのです。

その意味では、上記リンク記事などのようなイスラム社会の動きは歓迎すべきですし、そうした声を上げるイスラム教徒が、絶望してしまうことがないように、彼らを、イスラム教徒であるというだけで否定しないことが必要でしょう。

上記は、基本的に欧米を意識して書いていましたが、イスラム諸国においては、この構図は更に顕著だと言え、彼らは、もっと明確にISに対して「ノー」と言い、空爆などを積極的に行うべきです。
しかし、多くのイスラム国は、欧米諸国以上に、IS支持者が国内におり、ISを攻撃することで彼らのテロを激化させ、国内の政情不安が惹起することを恐れています。
この点は、残念ですが、仕方ない事でもあります。

日本においても、ISのテロを懸念する声がありますが、わたしは日本でISのテロがおきるかどうかも、日本に居住するイスラム教徒が、彼らに消極的であっても支持を与えるか否かに尽きると思います。
その点では、次のようなニュースが、もっと頻繁に報じられるほど、日本在住イスラム教徒の方が声を上げて欲しいと思いますし、我々日本人は、普通のイスラム教徒を、ただそれだけで否定しないことが重要です。
心を痛める日本のイスラム教徒」(スポーツ報知151117)

なお、テロを断固として否定する機運、それもイスラム教徒の中に、テロを否定する機運を強めるためには、乙武氏ようなのテロリストの主張に耳を傾けろといった主張や、古館氏のように、誤爆の犠牲になった人たちから見れば、有志連合による空爆もテロに当たるといった主張は、テロに対して消極的支持を与えるものでしかありません。
それこそ、『
造反有理』と叫ぶ若者を支持した行動と、全く同じです。
これらの主張は、テロを助長するものだとして、はっきり否定すべきです。
乙武氏「テロ組織の主張に耳を傾け、対話の扉を」 「話してわかる相手か」「薄っぺらい理想論」と猛反発」(J-CAST20151116)
「誤爆犠牲者から見れば、有志連合空爆もテロだ」  報ステ・古舘氏の問題提起に異論も噴出」(J-CAST20151118)

なお、余談ですが、わたしは街角のケバブなどをよく食べます。
普通のイスラム教徒が、日本社会に絶望しないことを願っている……という意味もあるものの、単に、中東方面に行った事が多いので、懐かしいのが第一ですが……

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2015年11月18日 (水)

創作通信_その8_新刊『深淵の覇者』書影

新刊『深淵の覇者』の書影(表紙のデザイン)が決まりました。

帯が付いた状態でのデザインがこちらです。
Photo

真っ青なので、書店で目立ちそうです。
見かけたら、是非、お手に取ってみてください。

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2015年11月11日 (水)

創作通信_その7_新刊『深淵の覇者』まもなく発売!

新刊がいよいよ発売間近になりました。

タイトルは『深淵の覇者』、発売日は12月12日、『黎明の笛』同様に祥伝社から。
価格は、税込み1620円です。
祥伝社来月の新刊

アマゾンでは、予約が始まっております。


他のサイトでの予約も順次始まるはずです。
また、ISBNが付いているので、一般書店でも予約可能です。

表紙のデザインは、ほぼ出来上がっていますが、まだ最終決定ではないので、できあがり次第、こちらでも紹介します。

電子書籍も発売されますが、制作の都合で、若干遅れるそうです。
目途が分かったらお知らせします。

以前からお知らせしている通り、潜水艦に焦点をあてた、尖閣がらみの日中衝突を舞台にしています。
『黎明の笛』への感想で、もっとバトルが欲しいという意見が多かったので、より直接的な戦闘を描きました。
と言っても、やはり私の書く話しは、やはり頭脳戦になってしまいましたが……

サブキャラとしてですが、『黎明の笛』に引き続き、空自情報幹部の倉橋日見子と情報保全隊の杉井は登場しています。
日見子が出てくる以上、当然、空自も絡んだストーリーです。

中身は、現在再校中です。
あと、一ヶ月でお届けできます。

もうしばらくお待ち下さい。

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2015年11月 8日 (日)

H28概算要求-その5_10式戦車調達は3両のみ!_自己変革能力を伸ばした防衛省

H28の概算要求では、地味ながらも注目すべき点がありました。
10式戦車の調達数量がわずか3両になったことです。

図らずも、過去記事「H25概算要求-その5_10式戦車はせいぜい3両でOK」や「戦車に引導を渡す機動戦闘車」で主張・予言したことが現実となった訳ですが、注目すべき理由は、これではありません。

この調達数量低下は、防衛省が自己変革能力を身につけた証左と見るべきだからです。

上記過去記事では、私が3両でOKと言いつつ、そんなことはできっこないと見ていました。
それは、過去記事「自衛隊の無謬性と自己変革能力」を見て頂けば分かると思います。
調達計画を大きく変更しようとすると、財務省が「では、今までの計画は間違っていたということですか?」と言ってくるため、変更することが困難だったのです。

10式戦車についても、2009年に制式化し、まだ72両しか生産されていません。
調達数量を3両に落とせば、退役までの総生産量が200両に届くことはありえないでしょうし、100両に届くかさえ怪しくなります。
560両生産された61式戦車、870両あまりが生産された74式戦車、340両あまりが生産された90式戦車と比べれば、非常に少ない数で、高額の開発費を投じて新規開発したことは失敗だったと言わざるを得ません。

しかし、それで良いのです。
10年一昔どころか、20年先を見越して開発するのですから、ある意味失敗があって当たり前です。
もちろん、税金を使う以上、失敗をしない努力は必要ですが、失敗を認めずに無駄を続けるよりも、失敗を認めて方向転換すべきなのです。

ですが、上記の財務省との関係もあって、防衛省・自衛隊の自己変革能力は疑問符を付けなければならないものでした。

それが、戦車という非常に象徴的な装備の調達において、失敗を認めて方向修正を図ることができるようになったというのは、評価すべき点だと思います。

経済性を考えれば、3両ではなくゼロにすべきところですが、国内新規開発ではなく、ライセンスだった戦闘ヘリ、AH-64アパッチの調達によるゴタゴタで富士重工が防衛省を提訴したように、10式もゼロにすると防衛産業との関係が悪化します。
上記過去記事で、私が3両と書いたのも、3両くらい調達しておけば、関係維持ができるだろうというドンブリ感情の結果です。

今後、10式の調達は、しばらくは3両程度で推移し、10式に引導を渡した形になった機動戦闘車の現場での評価なども見ながら、どこかで打ち切りになるのでしょう。

失敗を認めて、方向修正を図るのは、自己変革能力を持った健全な組織として、妥当な行動です。

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2015年11月 3日 (火)

本が売れない原因は、図書館ではなく、文化の変化

発売から一定期間、新刊本の貸し出しをやめるよう求める動きがあるそうです。
本が売れぬのは図書館のせい? 新刊貸し出し「待った」」(朝日151029)

 公立図書館の貸し出しにより本が売れなくなっているとして、大手出版社や作家らが、発売から一定期間、新刊本の貸し出しをやめるよう求める動きがある。背景には、深刻化する出版不況に、図書館の増加、サービス拡充もある。本を売る者と貸す者、相反する利害のはざまで、出版文化のあり方が問われている。


作家の端くれとしては、気になる記事です。
記事は、出版側の主張とその背景、そして海外事情などをまとめて、広範に問題提起しています。

なるほど、と思わせられるものの、タイトルにある”本が売れぬのは図書館のせい?”という問いに答えを出しているとは思えませんでした。

ということで、分析というより憶測になりますが、なぜ本が売れなくなったのか、について私なりに思っていることを書かせて頂きます。

と、大見得切ったのは、私なりに本が売れなくなっている理由を、ずいぶん前から考えていたからです。

 大手出版社の文芸作品は一般的に、最初に刷った部数(初版)の9割が売れて採算ラインに乗り、増刷分が利益となるといわれる。数十万部に到達するベストセラーはまれで、大御所から中堅人気作家による初版2万~3万程度の作品で収益を確保できるかが死活問題だ。だが、近年はこれらの作品でなかなか増刷が出ないという。


私のデビュー作『黎明の笛』については、積極的に図書館に置いてもらいました。
販売戦略としては、正しい選択だったと思います。無名の作家の本を少しでも手に取ってもらうためには、図書館は宣伝ツールでもあるためです。

出版社の内部事情には詳しくありませんが、恐らく、人気作家の売り上げであげた収益を使い、私のような駆け出し作家の本を出しているのでしょう。
投資と回収というビジネスの側面から考えれば、それが正解のはずです。

しかし、その利益回収手段である人気作家の新刊を、発売早々に複数刊購入し、無料で貸し出されては、確かに出版社の利益は低減します。
ですから、この記事で取り上げられている新潮社社長の発言も肯けます。

新潮社の佐藤隆信社長が、売れるべき本が売れない要因の一つは図書館の貸し出しにある、と口火を切った。

 佐藤社長は、ある人気作家の過去作品を例に、全国の図書館が発売から数カ月で貸し出した延べ冊数の数万部のうち、少しでも売れていれば増刷できていた計算になると説明。


これは、事実なのでしょう。
ですが、本が売れなくなった根本原因とは違うと思っています。

基本的に、私は、一度読んだ本は、もう一度読むことはしません。
それでも、本を買いますし、古本として売ることをしません。(くだらねぇ!と思った本は売ります!)

それは、本が文字情報であるだけでなく、所有する喜びがあるコレクター商品であるためです。

ですが、このような感覚は、既に古いモノとなりつつあるでしょう。(私が古い人間だということ)

その感覚の変化が、本の売り上げに悪影響を与えているのだとすれば、感覚の変化をもたらせた要因が現れた時期と、本の売り上げデータに相関性があるはずです。

前掲記事に載っている書籍の売り上げ推移を見ると、1996年まで右肩上がりだったデータが、その年を境に右肩下がりに変化しています。
この頃起こった社会の大きな変化は、インターネットの普及です。

ウィキペディアのインターネットの項には、「1995年、NSFNetは民間へ移管され、Windows95の登場で一般の人にインターネットが急速に広まった。」とあります。しかし、Windows95にインターネット関連の機能が標準搭載されたのはマイナーバージョンであるOSR2からであり、OSR2の発売は1996年末でした。

つまり、インターネットが本格的に普及し始めたのは1997年からであり、この時から、書籍の売り上げが右肩下がりに変化しました。

インターネットでは、情報は右から左に流れて行くものであり、所有する対象ではありません。
ネットの普及で、情報(本)をコレクションするという感覚が、薄れたことが書籍の売り上げに悪影響を与えた根本原因ではないでしょうか。

一方、この感覚の変化は、人々の行動を、本を買うよりも、図書館でタダで借りるという方向に変化させたでしょう。
そのため、この記事で書かれている図書館のせいで本が売れないという評価も、間違ってはいないと思います。

社会の変化は止められません。
ネットの登場で、購買行動が変化したと思われる以上、出版の在り方、それによって作家が創作活動を続けて行く仕組みについても、従来とは異なるビジネスモデルが必要になってくると思います。

その一つは、電子書籍でしょう。

新作を12月にリリースしますが、電子書籍版の比率が、前作と比べてどの程度増えるのか、ちょっと気になっています。

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