安保法制だけで終わらない防衛関係法制の不備
自衛隊OB同士で言い合うのは気が引けるのですが、問題の背景が透けて見えた事例だったので、取り上げてみます。
海自OBで、最近はテレビにも出演される軍事評論家の文谷数重氏が、対領侵について言及されています。
「領空警備で先制攻撃って、なんかロックかも」
記事が取り上げているツイートは、”自衛官のリスク”について発言しており、このツイートが安保法制論議に関連したモノだと分かります。
リンク
ツイートは、防衛関係法制について、問題が多いことの事例として、対領空侵犯(以下、”対領侵”と記述)措置での法不備を上げています。
これに対して、文谷氏が反論されています。
要は、「領海外で相手が撃ってこないのに、射撃していいように法制を改めろ」と主張しているようにしか見えない。
そもそも、スクランブル発進と領空侵犯は同義ではない。日本領空が侵犯されないための予防的措置である。予防措置で領空外で攻撃していいというような法制を作るのは、公海使用の自由、国際法態勢への挑戦でしかない。
また、領空侵犯したからといって撃っていいわけでもない。国内的にも、国外敵も必要な段階を踏む必要がある。この手の意見には、国境を超えたから問答無用で攻撃して良い、撃ち落としてよいとする頭がある。だが、平時に緊張状態でもないのにそんなことはしない。そもそも、今までの領空侵犯例を見ても、落とさなければならないほどの必要性はない。
元ツイートも少々不正確ではあるのですが、この文谷氏の反論を見ると、対領侵の法不備について、ご存じないのだろうと思われます。
対領空侵犯措置は、国際法的には、警察権に基づく行為で、分かりやすく言えば、地上において、警察が行っている不法入国の取り締まりを、空において行っているものです。
地上では、警察の手に負えない場合は、治安出動により、自衛隊が警察の手助けをする仕組み(法律)が出来ています。
海においては、海上保安庁が取り締まりを行っており、手に負えない場合は、海上警備行動によって自衛隊が手助けする仕組み(法律)になっています。
そして、空においては、普段から自衛隊が行うことになっておりますが、必要な法律が欠落したままなのです。
陸上における治安出動は、完全に領域内の話なので、領域に入るかどうかのところで、同じような状況になる海上での警察権行使、特に主に海上自衛隊が実施する海上警備行動(以下、”海警行動”と記述)と比較してみましょう。
(ただし、国際法上、海上では無害通航権が認められていたり、逆に領域の外まで追跡権が認められているなど、海と空では、かなり違いがあります)
自衛隊法で、海警行動について記述した条文は2カ所あります。
一カ所は、行動について記述した第6章中の第82条です。
(海上における警備行動)
第八十二条 防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。
もう一カ所は、権限について記述した第7章中の第93条です。
(海上における警備行動時の権限)
第九十三条 警察官職務執行法第七条 の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。
2 海上保安庁法第十六条 、第十七条第一項及び第十八条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。
3 海上保安庁法第二十条第二項 の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第二十条第二項 中「前項」とあるのは「第一項」と、「第十七条第一項」とあるのは「前項において準用する海上保安庁法第十七条第一項 」と、「海上保安官又は海上保安官補の職務」とあるのは「第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務」と、「海上保安庁長官」とあるのは「防衛大臣」と読み替えるものとする。
4 第八十九条第二項の規定は、第一項において準用する警察官職務執行法第七条 の規定により自衛官が武器を使用する場合及び前項において準用する海上保安庁法第二十条第二項 の規定により海上自衛隊の自衛官が武器を使用する場合について準用する。
では、次に対領侵について見てみましょう。
対領侵については、記述が1カ所しかありません。
行動について記述した第6章中の第84条です。
(領空侵犯に対する措置)
第八十四条 防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法 (昭和二十七年法律第二百三十一号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。
海警行動に関しては、その行動を行うことを第6章で規定し、その際の権限を第7章で規定しています。
それに対して、対領侵は、対領侵措置を行う事自体は、第6章で規定していながら、その際の権限が定められていないのです。
この第6章の規定で行動根拠を与え、第7章の規定で権限根拠を与えるという条文の構造は、海警行動だけでなく、防衛出動など、あらゆる行動でこの構造が取られています。
ですが、対領侵だけが違うのです。
これに対して、政府(防衛省)の見解は、国会答弁等において、この第84条で規定されている”必要な措置”に武器の使用も含まれるという解釈をしており、防衛白書にさえ、次のように記載されています。
(ただし、一時は、政府もこの84条に武器使用は含まれないという見解を取っていたこともあります)
この法不備の原因は、自衛隊法成立時の日ソ関係にあったようです。
http://gunjihougaku.la.coocan.jp/ryousin6html.html
問題は、7章の権限規定の不備だけではありません。
対領侵における武器使用は、「領空侵犯に対する措置に関する訓令」及び「領空侵犯に対する措置に関する達」において、細部が規定されているとされていますが、内容は公開されていません。
ですが、基本的に正当防衛及び緊急避難に該当する場合のみと言われています。
その一方で、海上警備行動における武器使用では、文谷氏の言う「領海外で相手が撃ってこないのに、射撃していいように法制を改めろ」がなされた状態になっています。
(ただし、”領海外”の部分は空では適用されない国際法の追跡権に基づくものなので、この部分を航空の世界では適用できません)
根拠は、自衛隊法93条の海警行動時の権限を定めた条文で準用が規定されている海上保安庁法の第20条第2項です。
第二十条 海上保安官及び海上保安官補の武器の使用については、警察官職務執行法 (昭和二十三年法律第百三十六号)第七条 の規定を準用する。
○2 前項において準用する警察官職務執行法第七条 の規定により武器を使用する場合のほか、第十七条第一項の規定に基づき船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜずなお海上保安官又は海上保安官補の職務の執行に対して抵抗し、又は逃亡しようとする場合において、海上保安庁長官が当該船舶の外観、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他周囲の事情及びこれらに関連する情報から合理的に判断して次の各号のすべてに該当する事態であると認めたときは、海上保安官又は海上保安官補は、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。
一 当該船舶が、外国船舶(軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であつて非商業的目的のみに使用されるものを除く。)と思料される船舶であつて、かつ、海洋法に関する国際連合条約第十九条に定めるところによる無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行つていると認められること(当該航行に正当な理由がある場合を除く。)。
二 当該航行を放置すればこれが将来において繰り返し行われる蓋然性があると認められること。
三 当該航行が我が国の領域内において死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮に当たる凶悪な罪(以下「重大凶悪犯罪」という。)を犯すのに必要な準備のため行われているのではないかとの疑いを払拭することができないと認められること。
四 当該船舶の進行を停止させて立入検査をすることにより知り得べき情報に基づいて適確な措置を尽くすのでなければ将来における重大凶悪犯罪の発生を未然に防止することができないと認められること。
この規定により、ただ逃走を続けるだけで、攻撃をしてこない船舶に対して射撃を行えるようになっています。
この規定は、1999年に発生した能登半島沖不審船事件において、逃走を続ける不審船に対して、警告射撃しかできず、結果的に逃走を許してしまった事の反省として規定されました。
海保法の改正によって、この規定が加えられたのは、2001年11月でした。
そして、そのわずか1ヶ月後、九州南西海域工作船事件が発生します。
この時は、この規定に基づき、逃走を続けるだけの不審船に対して、海保の巡視船が機関砲による船体射撃を行っています。
海警行動時は、この規定が準用されるため、海上においては、相手から攻撃を受けなくても、つまり正当防衛や緊急避難に当たらなくても、人を殺傷しても全くおかしくない攻撃が可能となっています。
不審船事件は、この後パッタリとなりを潜めます。
この海保法の改正によって、北朝鮮が不審船での工作活動を諦めたのだと思われますが、そうした規定が不備のまま残されている空においては、不審な航空機が飛来しても、法の不備により国民が死ぬような事態になりかねません。
なお、ほぼ余談ですが、文谷氏は、次のようにも述べています。
だいたい、日本のスクランブルで、相手に撃ち落とされるような危険性があるのだろうか? 対象はたいていは大型機であって、まず戦闘機を落とす力はない。しかも、翼下に兵装を吊っていない戦闘を意図していない状態での飛行がほとんどである。
日本周辺で良く見られる大型機ですと、ベアとバジャーですが、機体によっては、こんなのが付いてたりします。
ベア(wikipediaより)
バジャー&H-6(wikipediaより)
その場合、当然近寄らないようにするのですが、基本的には速度を合せて飛ぶ(見かけ上止っている)ため、もし撃ってくれば、非常に危険です。
自衛隊関係者でも、対領侵法制の不備をご存じない方がいらっしゃるようですが、この問題が、いつまでも解決されない理由の一端は、この点にあるのかもしれません。
空自だけが問題意識を持っても、ダメなんでしょう。
最近のコメント