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2015年3月21日 (土)

自衛隊の暴走?_下甑事案とは

先日、THE PAGEにて「「文民」統制の危機? 「文官」統制はなぜ廃止されるのか」という記事を書かせて頂きましたが、その中で下甑事案(しもこしきじあん)について触れました。

下甑事案は、自衛隊の内部、特に隊員にどのような命令を与え、部隊をどう言った法的根拠で行動させるかを考えなければならない”防衛”と呼ばれる部署で勤務する隊員にとって、大問題となった事案です。

ですが、事案が終息した後は、事実上の箝口令が引かれたため、自衛隊内部では、防衛担当者を除けば、ほとんど語られることはありませんでした。また、世間一般でも、幕引きをした久間防衛庁長官(当時)の対応が巧かったため、危機管理関係者、自治体関係者等の一部の方を除けば、ほとんど忘れ去られた事案となっています。

しかし、この事案が問題化した原因が、上記記事にも書いた文官統制の害と、防衛省がかかえるもう一つの大きな問題にあったため、文官統制の廃止だけでなく、近年の防衛問題に大きな影響を与えた事案です。

もう18年も前の1997年に起きた事案ですし、今回の文官統制廃止によって、事案が発生した原因は、相当程度改善されました。
ですので、どんな事案だったのか、簡単に紹介したいと思います。

ただし、自衛隊法で規定されている秘密を守る義務については、退職後も期限はありません。そのため、以下及び上記リンク内で書いた内容は、既知のオープンソースで明らかにされている情報をまとめ、それに基づいて解説を加えたものです。
よって、これでもまだ意図的に隠された部分がある不正確な情報です。その点はご容赦下さい。

事案の発端である事件は、当時ちょこちょこ発生していた日本国内で不法就労をするための中国人の密入国です。

2月2日
1997年2月2日の夜、鹿児島県の西側、いちき串木野市の西方海上に浮かぶ下甑島の南端、釣掛埼灯台付近に中国人密入国者が上陸しました。
Photo
恐らく、密入国を手引きした業者が適当で、本土に近づくと海保に発見される危険性が高まるため、上陸させた密入国者が困ることはお構いなしに、離島である下甑島に上陸させたのでしょう。
Photo_2

2月3日
言葉も通じない上に土地勘もない密入国者は、3日の早朝、住民に発見されます。
発見者は、警察に通報しますが、島には派出所が2つ、駐在さんは2名しかいませんでした。
本土にある川内署から署長を始めとした応援が駆けつけ、警察官だけでなく、消防団員や役場職員までが捜索に加わって、3日の内に20名を逮捕しました。しかし、逮捕された密入国者の供述によると、上陸したのは25名以上とのこと。
島にある航空自衛隊下甑島分屯基地からは、役場に連絡員を派遣して情報共有を図っていましたが、この日役場で実施された対策会議において、川内警察署長から自衛隊に対して捜索活動への協力依頼がなされます。
ただし、後日、川内警察署は、自衛隊出動の経緯について「自衛隊側から捜索に協力したいと申し入れがあった」と説明しています。
(この自衛隊、警察の齟齬は、事案の原因を推定する上で、非常に重要です)

2月4日
下甑島分屯基地司令である第9警戒群司令から報告を受けた西部航空警戒管制団司令、津曲空将補(当時)は、野外訓練を根拠とした捜索活動の支援を指示しました。(野外訓練の命令権者は、群司令以下なので、命令ではなく指示)
ただし、野外訓練での行動では、隊員には武器使用はおろか、職務質問や逮捕等の権限はないため、自衛隊の分隊に警察官1名と消防署員1名の随行をしてもらうよう指示もしています。
そして、指示した事実を、西部航空方面隊司令官鈴木空将に報告しました。
自衛隊員は、ロープを使って絶壁を200mも下り海岸の捜索まで行っています。
なお、上陸25名というのは供述者の勘違いだった事が、後に判明しています。

2月6日
朝日を始めとした新聞各紙が、この行動を自衛隊法違反だとして批判する報道を始めます。
そして、村田防衛事務次官(当時)が、「自衛隊参加は適切さに欠ける……中略……所要の手続きを経て、警察機関への協力活動として実施すべきところ、野外訓練の一環として実施した点については適切さに欠ける面があった」とコメントします。

2月7日
前日の、防衛事務次官コメントが、朝日新聞の朝刊紙面に載ります。
そして、防衛庁長官が、朝日新聞の夕刊紙面上において、「時間のコメントそのものはいいと思う」「(捜索に)出て行った理由づけは後から付いてくる話だ。出て行ったこと自体が適切さに欠けるわけではない」とコメントしました。

この長官コメント以降、マスコミ報道は沈静化し、自衛隊が法令違反を犯して、不適切な行動を行ったと非難された事案は終息します。

この下甑事案について、私がTHE PAGEに寄稿する以前に公にされていた情報は、当時の新聞報道を除けば、私が知る限り2件だけです。

1つは、事案発生当時西部航空警戒管制団司令だった津曲氏が、自衛隊退職後の2010年、航空自衛隊連合幹部会の機関誌『翼』2010年6月号紙面上において、4ページに渡って書いた記事。
もう一つは、『フライデー』2012年2月3日号紙面上にジャーナリストの大清水友明氏が書いた記事です。

上記で書いた情報は、この二つをまとめたもの(主には『翼』の記事)です。
なお、2つめの『フライデー』記事は、以下のリンクでネット上で見る事ができます。
『翼』は、国会図書館に行けば見る事ができます。

この事件は、上記『フライデー』記事にもあるとおり、内閣危機管理室などの危機管理関係者にとって、貴重なモデル・ケースとなりました。

その結果、2008年2月5日日付まで同じ日!)には、国民保護訓練が、次のような想定で実施されています。
離島(鹿児島県薩摩川内市下甑島)において、国籍不明のテログループの襲撃により死傷者が発生。その後、テログループは島内の山中に逃走、潜伏する事案が発生する。

この事案における、文官統制の問題は、冒頭にもリンクを貼ったTHE PAGEの記事「「文民」統制の危機? 「文官」統制はなぜ廃止されるのか」をご覧下さい。
そして、防衛省がかかえるもう一つの大きな問題は、防衛問題に詳しい方や勘の鋭い方なら分かるかも知れませんが、防衛庁と警察庁の縄張り争いと、警察庁が防衛庁内局内に多数の出向者を送り込んでいたことです。(コレに関しては、旧内務省出身者が、できたばかりの防衛庁・自衛隊を統制下に置こうとした歴史的経緯が関係しています)

この問題は、まだ完全に解消されたとは言えませんが、当時と比べれば相当改善されており、今では防衛省生え抜きの内局プロパーが、防衛省内で力を持つようになっています。

逆に、その事によって防衛省と警察庁の綱引きも起きているようですが、当時と比べたら、非常に健全な綱引きと言えるでしょう。

当時の異常さは、事案の数ヶ月後、空幕が発した文書に現れています。
少々長いですが、当時の国民保護の状況が良く分かる文書であるため、上記の『翼』記事より引用します。
「集団不法入国者事案に関する部隊等の行動についての基本的考え方について」

 本事案は、警察力が不足し、緊急時に島民が頼りにしているのは自衛隊の部隊のみであるという特殊な環境下に生起したものである。しかしながら、本事案は、住民等の行方不明者の捜索等災害派遣に該当するものではなく、容疑者の捜索という本来は警察の行うべき業務に対する協力であった。本事案対処に関わる自衛隊における法的根拠は存在しない。また、法令改正及び特例措置の設定等に関わる検討についても短期間に進展する可能性は少ない。

(1)部隊として実施可能な事項
ア 基地警備の強化
 基地警備を強化し不審者の発見に努めるとともに、地元機関に連絡員を派遣し情報収集に当たる。
イ 官庁間協力
 官庁間協力依頼がなされ事務次官通達により官庁間協力が適用された場合は、協力依頼事項(輸送、宿泊及び給食支援等)について協力する。

(2)部隊として実施すべきでない事項
 不法入国者の捜索は、本来、警察の行うべき業務であり、航空自衛隊の任務ではない。また、野外訓練、災害派遣及び基地警備のための調査研究等を名目にして不法入国者の捜索協力を行うことについても、現時点で明確な法的根拠はないため、独自の判断で実施すべきでない

驚くべきは、役場職員ですら駆り出される捜索に、官庁間協力が行われる場合であっても、自衛隊員が直接にでるべきではなく、離島への警察官の輸送や宿泊・給食支援に止めるべきだとしている点です。
この下甑事案は、単なる出稼ぎ希望の不法入国者だったから良かったものの、もし武装難民や工作員だったら……

なお、この事案の原因が、文官統制にあったとすることに異論のある人もいるかもしれません。
しかし、もし文官統制の問題でなかったとすれば、制服自衛官の暴走だったはずです。
であれば、当然、野外行動を命じた自衛隊関係者は、懲戒処分を受けてしかるべきですし、その後の昇進など、もっての他でしょう。
しかし、野外訓練を指示したと告白している津曲将補は、その後、第27代の航空幕僚長にまでなっていますし、津曲将補から報告を受け、野外訓練を黙認していた鈴木空将は、その後補給本部長にまでなっています。
つまり、むしろこの時の行動が、評価さえされているのです。

この事案は、防衛族議員の久間氏から、中谷防衛大臣にも詳しく語られたでしょう。
今回の法改正に、非常に大きな影響を及ぼしたはずです。

ここからはオマケですが、この事案は、恐らく、映画にもなった麻生幾氏の小説『宣戦布告』にも影響を与えています。
『宣戦布告』は、韓国への潜水艦侵入事件「江陵浸透事件」をモデルとして、下甑事案の直前、『文藝春秋』1997年1月号に発表された短編をベースとして、書かれました。
初版発行は、下甑事案の1年後、1998年3月25日です。
小説の中でも書かれている法律や情報伝達態勢の不備、それに防衛庁と警察庁の縄張り争いなどは、この下甑事案で、まさに現実となっていたものです。
小説と違っていたのは、上陸したのがただの出稼ぎ目的不法入国者だった点です。

と言う訳で、この下甑事案は、私もいずれノンフィクションとして書くことも考えていました。
ですが、原因の一つだった文官統制は廃止されましたし、もう一つの警察官僚による内局への関与も相当改善されています。
なので、ノンフィクションを書く意義は、以前より少なくなってしまいました。
おまけに、私はノンフィクションを書いた事がないので、取材のやり方等を含め不慣れなので、多分あまり良いものが書けないと思われます。
そのためTHE PAGEにも書きましたし、このブログ記事も書きました。

今でも面白い話ではあると思います。
どなたか、ノンフィクションライターの方、空自上層部、内局、警察関係、自治体関係等、もっと深く取材して、書く気はありませんか?
手伝いならやります。

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コメント

防衛、離島振興、難民等、色々な面で示唆に富んだ事件ですね。

当時の関係者が出世してるというのが、内容の正当性を担保していますね。

蛇足ですが、時は第二次橋本内閣、隣の南西航空混成団司令は佐藤守空将、事件直後の3月には田母神俊雄空将補が幕僚長に着任しています。

自衛隊は警察予備隊からスタートしたので、防衛庁に警察関係者(旧内務官僚)が多かったのは仕方なかったと思います。

本題から外れてしまいますが教えてください。

自衛隊内において、指示と命令の違いが知りたく
思います。

指示と命令、それぞれそれに従わなかった場合、どのような
罰則があるのでしょうか?

更新ご苦労様です

うぅ~ン・・・ なんかぁ、、、まどろっこしいですなぁ・・
武装組織ISILの不法入国なら、隊員十数名が殉職されたことでありましょう。

このような場合、隊員は武器を持ち交戦権を有して出動。
状況が解るまでは警察の指揮下で行動し、アップザイレン(ロープでの懸垂降下)
が必要とされた時や、敵の武器所有が明らかになれば、警察指揮を離れて隊長の
判断で行動できるような「出動命令」が無いのでしょうか?

雑誌、WILLによれば、対馬の陸自駐屯地「山猫部隊」の周囲3方面が韓国資本の
リゾート施設となっており、武器やゲリ要員の隠匿が簡単なようですから。


PS : >「夕刊紙面上において、「時間のコメント~」」  →  次官? 

警察への通報による協力(自衛隊は探すだけ。後は警察に地点を教えて対処させる)位あれば、良かったのでしょうね。

ルフトバッフェ 様
この事件に触れることは、日本の防衛問題に対する告発みたいなものだったのですが、告発するまえに改善された感じです。

しやもし 様
そうなんですよ。
久間元防衛庁長官は、内局よりも制服を評価したんでしょうね。

河上 様
確立された明確な定義はないと思いますが、命令は”厳密な指揮系統”に基づいて書類として命じる事が可能な関係における命令。指示は、それ以外と捉えてもらえれば良いのではないかと思います。

八甲田雪中行軍遭難事件の青森歩兵第5連隊において、”命令”を出せる立場だったのは、行軍隊長の神成大尉でしたが、随行していた大隊本部の山口少佐が介入したのは、命令ではなく”指示”です。

命令に従わなかった場合、自衛隊法に規定される懲役等は、出動任務の場合や、多数共同しての所謂反乱状態の場合のみとなっています。
それ以外は、懲戒処分です。

末田 様
警察との指揮関係は難しいですね。
現場では、実質的にどちらかが指揮を執る形になりますが、形式上は無理だと思います。

Suica割 様
この問題は建前論ですので、それであっても、やはり問題になったと思います。

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