北朝鮮の弾道ミサイル潜水艦は、日本の脅威となるか?
日本国内では、ほとんど話題になっていませんが、昨年の夏から北朝鮮が弾道ミサイルを発射できる潜水艦を開発しているという情報が出ています。
これに対して、ミリタリー系ブロガーのdragoner氏も言及しています。
「北朝鮮の弾道ミサイル潜水艦開発。日本への影響は?」
ですが、基本的に日本には大した脅威は無く、この潜水艦は対アメリカ用だとしています。
北朝鮮が弾道ミサイル潜水艦とSLBMの開発を進めていたとして、それが日本への新たな脅威となるのでしょうか? 現実的には、日本にとって差し迫った脅威ではないと考えられます。
まず、弾道ミサイル潜水艦とSLBMの開発には高い技術力が必要で、そのいずれも実用域に入るには、まだ長い時間が必要と考えられます。
そして、既に日本全土が北朝鮮の陸上発射型中距離弾道ミサイルの射程圏内にある為、北朝鮮が新たに日本へ向けた新型ミサイルを開発する理由が薄いという点です。
弾道ミサイル潜水艦とSLBMとは、敵による核の第一撃を生き延びて、確実に核による報復を行うための高い生存性を備えた兵器システムです。日本が核武装していない以上、日本を相手に北朝鮮が新規で開発する類の兵器ではありません。
では、北朝鮮はなぜSLBMの開発を行っているのでしょうか。北朝鮮の目は、アメリカに向いているものと見られます。
北朝鮮が意識している対象国の第1がアメリカであることは、疑いようもないですが、意志の面でも、能力の面でも、日本の脅威でないとすることは早計です。
以下、この弾道ミサイル潜水艦と搭載されるであろうSLBMについて考察してみます。
まずは、潜水艦の方から見てみましょう。
現在の所、一番詳細な情報を報じているのは38NORTHです。
「North Korea’s SINPO-class Sub: New Evidence of Possible Vertical Missile Launch Tubes; Sinpo Shipyard Prepares for Significant Naval Construction Program」
衛星画像の解析から、船体の概略サイズは判明しています。
全長:65.5m
全幅: 6.6m
排水量:1000~1500t
38NORTHより
これは、北朝鮮が保有していることが判明している潜水艦とはサイズが異なるため、新型艦であると見られています。
全長 ロメオ型:76.6m
サンオ型:35.5m
ヨノ型 :29.0m
一部報道では、ヨノ型のサイズを増やしたという情報もありますが、あまりにサイズが異なっており、私は疑問です。
サイズとしては、ロメオ型が近いですが、ロメオ型は2次大戦時の潜水艦に毛が生えたような代物の上、切って伸ばすことは可能でも、切って大幅に縮めることは難しいだろうと思います。また、艦首の形状も全く違います。
ロシアのキロ型、ラーダ型とは、サイズは比較的近いですが、どちらも北朝鮮は入手できていないはずです。
38NORTHでは、ユーゴスラビアのサバ型やヘローナ型とサイズが非常に近い事を指摘しています。
設計図を入手して、それを参考としたかもしれません。
38NORTHが、シンポ型(新浦市から取った?)と呼ぶこの新型艦(以下、この記事でも、以下シンポ型と記載)の性能、特に航行性能は、その起源がはっきりしないため、そこから推測することはできません。
ですが、艦首形状が水中航行に有利な半球状になっているため、水上艦のような艦首形状を持つ、北朝鮮の主力潜水艦ロメオ型より高い性能を持つだろうとは推測できます。
(もっとも、今更ロメオ型以下の艦を作る方が難しいかもしれませんが……)
もう少し分析が可能なのは、SLBMの搭載・発射能力です。
38NORTHでは、衛星写真の解析から、セイル上にあるSLBMを収める部分のサイズを縦4.25m×横(幅)2.25mと見ており、SLBMを1発もしくは2発搭載可能と分析しています。
普通の潜水艦のセイルには、潜望鏡などのセンサー類などが収められているだけで、ミサイル発射装置が収められることはありません。
ですが、北朝鮮は、決して奇特なことをしたわけではありません。
この方式は、北朝鮮が必死になってくず鉄として輸入した旧ソ連のゴルフ型潜水艦で実用化されていたレイアウトだからです。
「北のミサイル潜水艦開発(上)「日本企業」の影」
「北のミサイル潜水艦開発(中) 阻止に動いた日本」
「北のミサイル潜水艦開発(下)自衛隊と対峙」
ゴルフ型は、旧ソ連の通常動力型弾道ミサイル潜水艦です。
以降の型が、原子力潜水艦になったため、ほとんど忘れ去られたような艦ですが、北朝鮮が弾道ミサイル潜水艦を開発する上で、これほど参考になる船もないと言えるような艦です。
その理由は、
・通常動力型であること
・就役年がロメオ型と同じ1958年であり、ロメオ型と同等レベルの技術で作られていること
・小型の艦でありながら、弾道ミサイルを搭載可能とする特殊なレイアウトで作られていること
特に重要なのは、最後の点です。
弾道ミサイルは、発射時に、ほぼ垂直に打ち上がることが望ましいミサイルです。
しかしながら、小型の潜水艦では、船体内に弾道ミサイルを縦にレイアウトすることは困難です。
そこで、ゴルフ型は、船体から上に付き出したセイル内に弾道ミサイルを収めました。
しかも、それだけでは収まり切らなかったため、なんと、船底部にまで膨らみを持たせ、弾道ミサイルを縦にレイアウトしています。
wikiより
さすがに、あまりに古いので、くず鉄として輸入したゴルフ型の船体をそのまま使っているとは思いませんが、参考にしていることは間違いないでしょう。
可能性の域を出ませんが、サバ型、もしくはヘローナ型の図面とくず鉄扱いで輸入したゴルフ型を参考に、一部部品はゴルフ型から流用しながら、新造艦を作ったのではないかと思われます。
だとすれば、艦としては、弾道ミサイルを水中から発射する能力を持っていてもおかしくはありません。
ですが、搭載するミサイルの対応も含め、水中発射には拘っていない可能性が高いように思います。
ミサイルの搭載数は、38NORTHが分析したとおり、最大でも2発でしょう。
問題なのは、搭載できるミサイルのサイズ、特に長さです。
ゴルフ型を参考にしていると思われるため、ゴルフ型同様に、船底に張り出しがある可能性が高いです。
そのため、搭載可能なミサイル長は、10mを越える可能性はありますが、15mに達することはないでしょう。
15m以上のミサイルを搭載したいのならば、セイルをもっと伸ばすはずです。
この点から、搭載される可能性のあるミサイルを絞り込めます。
以下、北朝鮮が保有すると見られる弾道ミサイルとその長さです。
6.40m:KN-2
11.25m:スカッドB、スカッドC、スカッドER
12.50m:ムスダン
16.00m:ノドン
18.00m:KN-08
25.50m:テポドン1
33.30m:テポドン2
テポドン1、2は論外、ノドンは微妙ですが、翼幅が2.6mもあり、やはりシンポ型への搭載は無理でしょう。
サイズ的に、可能性が高いのはムスダン以下ですが、北朝鮮が搭載したいのはKN-08のはず(大陸間弾道弾なので)
この中でも、特に注目すべきなのはムスダンとKN-08です。
というのも、このミサイルは、原型が、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)である旧ソ連のR-27と言われているからです。
KN-02とスカッドシリーズ(ノドン含む)は、SLBMがベースではないため、北朝鮮が独自改良しているとしても、水中からの発射は、おそらく不可能です。
ただし、浮上しての発射をする可能性もあるので、否定はできません。
特に、シンポ型は、ゴルフ型と同様に、格納式の潜舵が、艦首付近に装備されている可能性が高いので、完全に浮上せず、セイルだけを、水面上に出した状態で発射する可能性も考えられます。
一方で、スペック不明ながら有力な搭載ミサイルの情報は、つい先日行われたと見られる、KN-11ミサイルの水上プラットフォームからの発射試験情報です。
「North Korea Flight Tests New Submarine-Launched Ballistic Missile」
このKN-11ミサイルのサイズや射程に関する情報は、あちこち探してみましたが、今のところ見当たりません。
今回の発射試験自体は、大きな騒ぎになっていないため、恐らく長距離を飛翔させるものではなかったのだろうと思われます。
KN-という名前は、アメリカが付けている名前なので、名前から、KN-08やKN-2と技術的な関連性があるとは言えません。
しかし、前述のとおり、水上プラットフォームからの発射試験が行われたので、このKN-11は、R-27系統のムスダン、KN-08と技術的関連性のあるミサイルである可能性が高いものと思われます。
ゴルフ型に搭載されていたミサイルは、全長10.7mのスカッドAと全長12.9~14.3mとされるR-21でした。
あくまで推測ですが、シンポ型がゴルフ型より小型であることを考えれば、KN-11は、ムスダン以下の全長と射程を持つミサイルであろうと思われます。
ムスダンの射程は、3200km以上、4000km以下と見られています。
ですので、ここではこのKN-11ミサイルの射程を、ムスダンの下限と見られる3200kmであると仮定して、その戦術的価値を考察してみます。
グアムに対する、射点は、グアムから半径3200kmの範囲内なので、図のピンク色の部分になります。
シンポ型は、それほど進出しなくても射点に着くことができますが、北朝鮮とは異方向から発射するという戦術的価値を得るためには、やはり相当な進出が必要です。
ちなみにハワイを攻撃するための射点は、次の通りですが、あまり現実的ではありません。
これだけを見ると、シンポ型+KN-11には大した価値は無いように見えるでしょう。シンポ型の性能が、日米の対潜網を突破し、アメリカ本土に接近できる可能性が低いことを鑑みても、北朝鮮にとっては、最終的な開発目標である、アメリカに対する報復核戦力を作るためのテストベットでしかないようにも見えます。
冒頭リンクのブロガーdragoner氏も、そのように見ています。
ですが、コレはやはり早計です。
前掲38NORTHの記事でも、シンポ型が開発中であるため、現時点の脅威では無いとしつつも、これが韓国、日本、及び東アジアの米軍基地にとって脅威であり、SLBMによる異方向攻撃が可能になることから、弾道ミサイル防衛を行う上で、その計画・配備・運用の複雑性を増加させ、防衛を困難にすると述べています。
North Korea’s development of a submarine-launched missile capability would eventually expand Pyongyang’s threat to South Korea, Japan and US bases in East Asia, also complicating regional missile defense planning, deployment and operations. Submarines carrying land-attack missiles would be challenging to locate and track, would be mobile assets able to attack from any direction, and could operate at significant distances from the Korean peninsula.
Nevertheless, such a threat is not present today. Moreover, an effort by Pyongyang to develop an operational missile-carrying submarine would be an expensive and time-consuming endeavor with no guarantee of success.
ポイントは、日米(韓)が弾道ミサイル防衛態勢を構築しているため、北朝鮮が陸上に配備する弾道ミサイルは、その効果を相当程度減殺されることは確実で、無力に等しい可能性もあるなか、シンポ型+KN-11は、その弾道ミサイル防衛網を突破できる可能性がある点です。
その可能性は、上記38NORTHが指摘する異方向攻撃による複雑性の増加、及びKN-11が日韓の米軍基地を攻撃するためには、十分過ぎる射程を持つため、ロフト及びディプレスト弾道で攻撃が可能であることから生み出されます。
現在発売中の「軍事研究」3月号誌上でも、能勢伸之氏がノドンをロフト弾道で射撃し、ソウルを狙う危険性を書いていますが、日韓及び米軍基地の防衛を考えた場合、危険性が高いと思われるのは、ディプレスト弾道の方です。
ロフト弾道の場合、落下時に高速で垂直に近い角度となるため、PAC-3およびTHAADによる迎撃は困難になりますが、発見から対処まで時間的余裕ができる上、イージスSM-3による迎撃にはあまり影響しないため、弾道ミサイル防衛網全体としては、それほど大きな影響は受けません。
対するディプレスト弾道の場合、弾道ミサイルを低い角度、野球の打球に例えれば、ライナー性の弾道で飛翔させます。
KN-11を、どの程度の低高度で飛翔させることが可能かは未知数ですが、シンポ型が日米の対潜戦力に補足されにくい沿海州沿岸や東シナ海西部から日本までは2000kmもないため、飛翔高度を相当下げても到達させることが可能です。
そうなると、ムスダンクラスのミサイルを迎撃する主戦力であるイージスSM-3の最低対処高度が70kmであるため、KN-11のディプレスト弾道がこれを下回るなら、対処は不可能ですし、70kmを越えるとしても対処時間は相当短くなります。
その上、高度が低いため、発見自体が遅れます。
この、ディプレスト弾道によって発見が遅れるという点に、潜水艦のステルス性が加わると、より厄介なことが起きます。
参考過去記事:「脅威の旧式ミサイルJL-1(巨浪1号)」
この記事で指摘した通り、弾道ミサイル防衛では、多くのレーダーが捜索範囲を絞って集中監視しないと早期のミサイル補足ができない訳ですが、潜水艦によって北朝鮮とは別方向から撃たれる可能性が出てくると、捜索レーダーのカバー範囲を潜水艦行動域にもかぶせなければなりません。
もし、シンポ型が計画した捜索範囲外に進出し、弾道ミサイルを撃てば、弾道ミサイル防衛網が、ミサイル全く補足できない可能性さえあります。
なお、レーダーによる弾道ミサイル警戒の困難性については、次の過去記事をご覧下さい。
「BMDシステム総合検証の意義と妥当性 その1」
「BMDシステム総合検証の意義と妥当性 その2」
「対艦弾道ミサイルは無意味ではない」
「対艦弾道ミサイルの可能性について補足」
なお、ディプレスト弾道の場合、当然に、目標に正確に命中させることは困難になりますが、そもそも核を使うならそれほど精度は必要ありません。
シンポ型、KN-11が稼働し、ディプレスト弾道によって日本及び在日米軍基地を狙うようになると、日本の弾道ミサイル防衛にとって、相当な脅威となります。
また、この2発しか撃てないシンポ型対処に、警戒レーダーなどのミサイル防衛リソースを費やせば、大量に撃たれる可能性のあるノドンの対処にも悪影響が出ます。
最も有効な手段は、シンポ型が停泊する港の近傍に常時潜水艦を待機させ、出航時から帰港まで間断なく追跡し、出航後、ミサイルを発射する恐れがある場合は、その前に撃沈することです。
つまり、冷戦期にアメリカの攻撃型原潜が、ソ連の弾道ミサイル潜水艦に対して行っていた事と同じ活動をすることです。
シンポ型は、通常動力型潜水艦なので、AIPも装備するそうりゅう型なら、余裕で追跡できるでしょう。
ただし、攻撃の権限を艦長に与えておかなければならないため、法的には厳しい点もあります。
法的に、艦長に撃沈させる権限を与えられないなら、日本の潜水艦も露頂して緊急の通報を行う事で弾道ミサイル防衛網を、シンポ型の上空にかぶせる事になるでしょう。
また、海自がP-1にハープーンだけではなく、マーベリックを搭載するのも、不審船等の対処ではなく、セイルだけを出してミサイル発射をしようとするシンポ型への対処を念頭に置いた措置かもしれません。
以上のように、シンポ型が、ミサイル発射のためには浮上を必要とするとしても、発射されたミサイルは、日(韓)及び米軍基地にとって相当な脅威です。
もし、シンポ型が、何らかの理由で潜水艦の追跡を逃れるようなことがあれば、自衛隊としては極めて大きな脅威になります。
ですので、このニュースは、日本のメディアももっと注目すべきなのです。
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この性能なら大したことないと思われがちですが、弾道ミサイル潜水艦となると日米のみならず世界の安全と平和にとって脅威だと思います。
本来の弾道ミサイル発射以外にも、不審船代わりに工作員の投入・回収に使われるとなると日本にとって直接的な脅威になりますけど。
投稿: しやもし | 2015年2月21日 (土) 20時39分
しやもし 様
アメリカだと、核抑止は、軍事と言うより政治に近い話題として一般の関心も強いのですが、日本の場合、軍事に興味を持っている人は、通常兵器偏重で、核や弾道ミサイルへの興味が薄いですね。
投稿: 数多久遠 | 2015年3月 1日 (日) 00時35分