先日の記事「制空権問題は航空機の数だけではない」に対して、名無しさんより、「基地ではなく空中給油機(タンカー)を活用し、安全な後方の基地からの進出でカバーできるのではないか?」と言うご意見を頂きました。
湾岸戦争における米軍でも実績があるのだから、被害を受ける可能性のある下地などよりもリスクの少ない新田原の活用や奄美大島への基地建設をすべきではないか、下地を使うとなれば、世論も影響するし、抗たん化施策に金がかかることを考えればタンカーを使用して遠方の基地から作戦を行う方がコストも良いのではないか、というご意見です。
詳しくは、リンク先コメント欄をお読み下さい。
確かに、検討すべき方策の一つです。
ですが、残念ながら、何のための航空優勢(元記事では制空権の用語)なのか、そのためには”どのような航空優勢”が必要なのかを考えると、この方策では目的を達することはできそうにないという結論になります。
先日の記事で言及した中国軍関係者がまとめた報告書では、次のように述べているそうです。
尖閣諸島周辺をめぐる有事を念頭に「日本による制空権の確保は困難」と断定していることが5日、分かった。日本は作戦機が少なく作戦持続能力が低いことなどを理由に挙げた。
前後の文脈が要約されていますが、的確な表現です。
尖閣は、現状では日本が実効支配しています。
自ずと、有事とは、何らかの形で中国軍が尖閣の実効支配を奪おうとする行動となります。
その際、制空権という言葉が使われなくなり、航空優勢という語に置き換わった理由の一つである、時に”常続的航空優勢”と表現される航空優勢の時間的継続性が問題になります。
分かりにくい表現ですが、航空機の航続距離が伸び、空中給油という手段まで出現したため、SAMによる防護でもしない限り、一定の空域の航空優勢を継続して保つことが、困難になってしまったため、制空権という言葉から航空優勢という言葉に変わったという経緯があります。
尖閣有事においては、日本側は実効支配継続のために、陸自部隊を上陸させる可能性も考えられますが、”例え短時間でも”航空優勢が奪われれば、その間に陸自部隊は空爆で大打撃を受ける可能性があります。
これは水上部隊でも同じです。
つまり、尖閣有事では、日本側は常続的な航空優勢を維持し続けないと、作戦目的である実効支配を継続することが難しくなります。
陸自部隊を上陸させても、壊滅させられてしまう状態では、もはや実効支配は揺らいでいると言わざるを得ないからです。
中国の報告書は、この事を指して「日本による制空権の確保は困難」と表現しているのだろうと思われます。
それに対して、名無しさんのタンカー活用案で、尖閣上空の”常続的”航空優勢の確保が可能かと言うと、無理という結論にならざるを得ません。
タンカーは、給油はできても、弾薬は補給できません。
戦闘では、必ずしも命中させられない状況でも、敵機に回避を強要し、我の被害を防止しつつ、僚機による攻撃機会を作為する場合、あるいは、我の安全を確保する(つまり逃げる)ために、牽制目的でミサイルを発射する場合もあります。
また、搭載しているミサイルを全弾射耗しなくとも、むしろ自衛のための残りミサイルを維持した状況で、帰投して補給しようとるすことが良くあります。
つまり尖閣上空で、彼我ともに撃墜が発生しない程度の戦闘が行われただけでも、基地に帰投して、燃料だけでなく弾薬も補給しなければ、尖閣のような基地からある程度離れた空域の航空優勢確保はできません。
更に、タンカーを使用し、後方の飛行場を根拠地とする場合、過去記事「下地島空港を自衛隊が使用する効果」で書いたことの逆を、中国軍が行うことが可能です。
例えば、一端、上記のような弾薬の損耗をさせるようなリスクの少ない戦闘をしかけて在空機の帰投を強要し、その後に本隊を送り込めば、タンカーを使って遠方から参戦する方法では、後詰めの数的増強が間に合わず、数的優勢を簡単に奪われてしまうからです。
また、タンカー自体、及び給油中のタンカーと受給機は、非常に脆弱なため、ある程度後方におかざるを得ない上、1機づつしか給油できない空中給油では、尖閣上空の航空優勢確保といった作戦では、あまり有効ではありません。
では、タンカーは有効ではないのかと言えば、そんな事はありません。
尖閣のような特定空域の航空優勢確保を行う航空作戦は、作戦の区分からするとDCA(防勢対航空)と呼ばれる作戦になります。
対して、一般的に言って(もちろん例外はありますが)、タンカーが有効に機能する作戦は、OCA(攻勢対航空)やAI(航空阻止)になります。
例えば、尖閣有事では、当然ながら空自による航空優勢確保だけではなく、海自による海上優勢確保も重要ですが、その支援作戦として、上記のAIとして中国艦隊に対する対艦攻撃ミッションを行う際などは、極めて有効です。
航空作戦の指揮を行う司令部では、敵の使用する基地や機体の状況を把握し、敵が、今後どれだけの作戦を行う余力があるか図りつつ作戦を進めます。
那覇基地を中心に、尖閣上空の航空優勢確保のためのDCAを展開していれば、在空機の状況から、中国軍側でも、那覇基地の基地機能の限界を考慮して、自衛隊側がAIまで実施する余力があるのかないのか、ある程度は読めます。
しかし、日本側が十分な数のタンカーを保有していれば、那覇基地の基地機能に負担をかけることなく、極端な話、三沢から発進したF-2部隊に、タンカーで空中給油を行い、尖閣周辺の艦隊を攻撃できます。
政治上、可能であれば、OCAとして中国の空軍基地を攻撃することも、同様に可能です。
簡単に言えば、タンカーは、米軍のような極めて攻勢的な、友軍が攻撃を受ける前に、敵の作戦根拠地を潰してしまうような作戦に向いています。
このことは、米軍が多数を保有していることから見ても類推できると思います。
もちろん、防勢作戦主体となる自衛隊でも、F-2が対艦攻撃を行う際に有効ですから、バランスをとってある程度は必要です。
アメリカのように、叩かれる前に叩き潰すという国家戦略を採るなら、なおさら必要です。
後半は余談になりましたが、尖閣上空の航空優勢確保という命題に対する解法として、基地を整備するか、タンカーを整備するかという選択では、基地を整備する方が適切です。
ただし、これは専守防衛が国家方針であることを前提として考えています。
アメリカのように、敵基地を叩き潰す戦術が可能であれば、話は別です。
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