自衛官は靖国への合祀を望むか?
前回の記事「異常接近と靖国神社」は、ブロゴスに転載された分を含めて、久々に多くの方からコメントを頂きました。
ツイッターを含めて、戦車教団が大挙来襲していた戦車関連の記事以来です。
有り難い事です。
これらのコメント(現時点で26件、ブロゴスでは75件)に逐一答えることはできないので、コメント返しをする替わりに、補足的な事を含めて今回の記事で返すこととしたいと思います。
結構な数のコメントで、自衛官は靖国に合祀されたいとは思っていないのではないか、という想像が書かれていました。
私個人の思いについては、過去にも記事を書きました。
「自衛官の靖国への想い」
自衛官一般というと、当然全ての隊員を知っている訳ではありませんが、実際に中に居た身として、部外の方が想像しているよりも、当然多くの情報を持っています。
なので、以下では、一般論としての自衛官が、もし戦死した場合に靖国への合祀を望んでいるかについて書きたいと思います。
まず、その前に単純な誤解(あるいは意図的な誤情報?)をしている方が多いので、断っておきますが、靖国はお墓ではありません。
なので、靖国に合祀されるとしても、埋葬されるお墓は別にあります。
さて、私は結構長く自衛隊生活を送りましたが、靖国への合祀を望むかという問題を、同僚と話したことは、なんとただの一回もありません。
誰であれ、自分が死ぬ事なんて話題にしたくないと思いますし、靖国はどうしても政治的にセンシティブな話題なので、政治への関与を止められている自衛官としては、少々話しにくい話題でもあります。
それに、航空の場合は、大戦後に米軍の指導でできたという経緯もあるかもしれませんが、旧軍との繋がりが薄い傾向もあって、大戦に関連しそうな話をすることは、戦史の教育でもないと稀です。
しかし、通常の神社と靖国にはかなりの差異があるものの、各基地では、地元の神社で安全祈願をしてもらうことは、結構頻繁にあります。
そのため、それらの祈願でもらってきたお札が部隊に置いてあることは、かなり一般的ですし、飛行部隊の場合は、京都にある飛行神社のお札が置いてあります。
また、自衛隊の殉職者は、靖国神社と同根の各地にある護国神社(両者は共に元招魂社)に合祀されてきました。
これらの地元神社や飛行神社への参拝は、信教の自由があるため、きわめて一部に参加をしない隊員がいますが、ほとんどの隊員が参加しています。
もっとも、結婚式は神式、葬式は仏式でやりながらクリスマスも祝ってしまうのが、ありがちな日本人なので、隊員も「慣例だからなんとなく」で参加しているケースが多数であるような気はしますが……
殉職者の護国神社合祀については、総務関係の補職についた事がほとんどなかった上に、幸いな事に在職中に身近で殉職事案がなかったため、詳しく知りませんが、殉職の際に合祀を望むか確認されたこともないので、恐らく遺族が拒否しなければ、慣例的に行われているのでしょう。
こう言った状況なので、大多数の自衛官は、戦死した場合に靖国に合祀されることを、当たり前の事として受け入れているのだろうと思います。
あまり積極的でない人も、それなりの比率になると思いますが、営利企業などとは異質の「団結力」を求められる自衛隊という組織にあって、当たり前の事を拒否するような隊員には、正直生きにくい組織です。(前述の安全祈願の神社参りを参加しない隊員は、どうしても浮きがちになります)
戦死する場合、その隊員は志願制である自衛隊に身を置き続けた訳ですから、自衛隊の「当たり前」を、当然に「当たり前」として考える人間でしょう。
と言う訳で、証拠とは言えませんが、中にいた者として、自衛官が靖国への合祀をどう考えるか書いてみました。
ちなみに、私自身の場合は、在職中、誰にもそんな事を話した事はありませんが、小学校に上がる前から、同期の桜を歌って育ってきた人間なので、靖国に合祀してもらえるなら、有り難い事だと思ってました……というか夢だったと言ってもいいかもしれません。
冒頭で、靖国はお墓ではないと書きましたが、刀剣で戦っていた時代と異なり、現代では戦死した場合に死体が残るとは限りませんし、移動手段も発達し死亡場所がハッキリしないことも多いので、お墓よりも靖国の方が、私個人的には重要です。
オピニオンと呼べる記事ではありませんが、一般の方の自衛官理解が深まれば幸いです。
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