集団的自衛権の憲法解釈変更を、安倍政権の悲願と見る方は多いでしょう。
しかし、私はこの問題が政治・軍事的にしっかりとした背景がある、言い換えれば時代の要求が元になっている問題であり、例え安倍政権でなくとも懸案となったと思っています。
野田政権下での国家戦略会議フロンティア分科会が集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ提言を行った事からも、この背景の存在を伺うことができますが、以下では、政治的、軍事的背景について、具体的に触れたいと思います。
政治的背景の一つは、アメリカ世論の動向です。
昨年、日本でも論客として知られるパット・ブキャナン氏が、ショッキングなタイトルのコラムを発表しています。
「Are the Senkakus Worth a War?」(尖閣諸島は戦争をするに値するか?)
ブキャナン氏は、大統領選挙にも2度も出馬した経歴があります。しかも共和党からです。
その人物が、尖閣防衛のためにアメリカが戦争に巻き込まれる事に対して、懸念を示していることは、日本にとって危険な兆候です。
もともとリベラルな論調で知られるニューヨークタイムズは、次のような記事を載せています。
「Mr. Abe's Dangerous Revisionism」
Mr. Abe, however, seems oblivious to this reality and to the interests of the United States, which is committed to defend Japan by treaty obligation and does not want to be dragged into a conflict between China and Japan.
安倍首相は、アメリカの国益を考慮していないようです。アメリカは、条約上の義務によって日本の防衛にコミットすることで、日中間の争いに巻き込まれたくないにも関わらず。
また日本でも、外務省がアメリカで実施した世論調査の結果を報じた朝日新聞記事が、尖閣諸島をめぐる日中対立に巻き込まれる事を懸念したからではないかと分析しています。
「米世論「日米安保を維持」急減 「重要パートナー」中国に抜かれる 外務省調査」(朝日新聞13年12月20日)
このようなアメリカ世論の変化は、中国の隆盛とアメリカの疲弊から、モンロー主義的な傾向になっていると言えるでしょうが、重要なことは、アメリカの世論が日米安保条約を負担と感じ、日中間の争いに巻き込まれたくないと考えている事です。
先日の来日に際し、オバマ大統領は、尖閣は日米安保条約の対象になっていると言いましたが、日本と同様に民主主義国である以上、いざ事が起こった時にアメリカ世論が対日支援に反対すれば、大統領としてもそれを無視することは出来ません。
このような状況がありながら、オバマ大統領が日本に言質を与えた理由には、もう一つの政治的背景があります。
それは、日韓関係の悪化です。
極東において、蓋然性の高い軍事衝突の可能性は、尖閣をめぐる日中対立の他に、韓国・北朝鮮間における半島危機があります。
半島危機が起これば、アメリカは韓国を支援し、在日米軍基地は、重要な拠点となります。航空機は、日本国内の基地から直接作戦行動に出るでしょうし、艦船の補給基地は日本です。
そして、日本は周辺事態法を適用して、アメリカを”後方”支援することを求められます。
しかし、後方とは言え、これは北朝鮮としては、国際法的に見れば、立派な戦争当事国としての戦争行為でしょう。
主張の是非は別として、日本に対して反撃する権利があると主張し、ノドンを打ち込むことは確実です。
その時、既に相当悪化している日本の対韓国世論は、核弾頭やダーティボム、それに化学兵器を搭載したノドンを打ち込まれるリスクを犯しても、韓国のためにアメリカを支援することを認めるでしょうか?
日本がアメリカの支援を行わない場合、日米関係は絶望的に悪化しますが、それでも韓国のためにノドンを打ち込まれる事を承服するかどうかは、かなり怪しい状況にあると思います。
(日本が、それを恐れて周辺事態法適用で行う物資役務の提供だけでなく、米軍基地への電気・水の提供などを拒否すれば、基地機能は早晩麻痺します)
アメリカとしては、尖閣には巻き込まれたくないものの、半島危機における日本の支援は欲しい。
一方、日本としては、逆に半島危機には巻き込まれたくないものの、尖閣ではアメリカの支援が欲しい。
双方の思惑は、立場が逆ですが、図式は同じです。
しかし、義務は同じではありません。アメリカには日本防衛の義務がありますが、日本にはアメリカ支援の義務はありません。
アメリカ政府としては、半島危機が勃発した時に、義務を負わない日本の世論に不安を感じているでしょう。
日本政府としては、尖閣危機が勃発した時に、このアンバランスを、アメリカの世論がアンフェアだと言うことに不安を感じているはずです。
この相反した状況は、日米の間で、双方にとって利益となりうる取引ができる状況と言えますが、条約上の義務を負っているアメリカにとっては、不平等条約を押しつけられていると感じているかもしれません。
それだけに、この集団的自衛権問題が、安倍政権のみならず、民主党政権下から懸案となっている状況を見ると、その背後には、集団的自衛権を行使し、半島危機においてアメリカを支援することを担保させようとするアメリカからの圧力があるように思えてなりません。
この事は、集団的自衛権行使について、防衛省よりも外務省が積極的だと言われ、内閣法制局と戦っているのも外務省である点からも感じられます。
オバマ大統領の言質の裏には、集団的自衛権行使を容認する事との裏取引があるのではないかと思われますが、それが語られることはないでしょう。
そして、このアメリカからの圧力については、軍事的な背景もあります。
それは、北朝鮮による弾道ミサイル開発です。
先日も、北朝鮮が移動式ランチャーに搭載でき、アメリカを直接攻撃することが可能な、実戦的な大陸間弾道ミサイルになると見られているKN-08の試験が行われているとの情報が報じられています。
「ミサイル燃焼試験実施か=新発射台建設の恐れも-北朝鮮」(時事通信14年5月2日)
アメリカは、積極的に攻勢作戦を行う国ですが、それは自国への攻撃を恐れる事の裏返しでもあります。
歴史的にも、キューバ危機などは、アメリカが本土への弾道ミサイル攻撃を恐れている事例ですし、弾道ミサイルに限らなければ、太平洋戦争中の日本海軍による西海岸への攻撃に対する過敏な反応を見れば、アメリカが米本土への攻撃を恐れていることは明かです。
ちなみに、この大戦中のアメリカ国民の恐慌を、コメディ映画としたため、保守派の映画関係者からも批判を浴びたのがスピルバーグの『1941』です。
この『1941』ですが、ただのコメディだと思っている方が多いでしょうが、ウィキペディアにも記載があるとおり、史実がモチーフになっています。
「1941」(wiki)
本作のモチーフとなったのは、イ17によるカリフォルニア州サンタバーバラのエルウッド石油製油所攻撃や、イ26によるカナダのバンクーバー島攻撃など、太平洋戦争中に遂行された日本海軍潜水艦による一連のアメリカ本土砲撃、そして日本軍の攻撃に対するアメリカ人の恐怖が引き起こしたロサンゼルスの戦いである。また1943年のズートスーツ暴動(英語版)もモチーフの1つとされる。
特に、「ロサンゼルスの戦い」などは、アメリカ人の恐慌に近い精神が引き起こした事件であり、その報道によって、全米をパニックに陥れた事実を考えれば、北朝鮮の弾道ミサイルが、日本人が考える以上に、アメリカ人にとって恐怖であることは、理解した方が良いと思います。
「ロサンゼルスの戦い」(wiki)
話を、北朝鮮による弾道ミサイル開発に戻しますが、この弾道ミサイルからアメリカ本土を防衛するためには、アメリカは日本の支援を必要としています。
既に、青森県車力に配備され、京都の経ヶ岬にも配備が予定されているFBX-T(AN/TPY-2)は、北朝鮮の弾道ミサイルの監視用です。
参考過去記事
「コレが車力のFBX-Tサイトだ!」
「Xバンドレーダーを経ヶ岬に追加配備」
そして、それ以上に重要なのは、迎撃手段となるイージス艦搭載SM-3であり、今回の集団的自衛権行使容認で、もっとも焦点ともなっている4類型の一つ、公海上における米軍艦艇の防護です。
イージスは、元来艦隊防空用のシステムであり、弾道ミサイル迎撃を行っても、その対空戦闘能力に問題はないとする人もいますが、以前にもブログで取り上げた通り、弾道ミサイル防衛実施中は、その対空戦闘能力は、かなり低下します。
そのため、2012年の北朝鮮による弾道ミサイル騒ぎの際には、対処に備えた日本のイージス艦に対して、F-15に特別の命令を発して、イージス艦を護衛しています。
既に、ネットからは記事が消えていますが、読売新聞は、次のように報じました。
イージス艦はミサイルを探知、追尾する際、レーダーをミサイルに集中させるため、周辺状況を把握できず、一種の「無防備状態」に置かれる。
参考過去記事
「対艦弾道ミサイルは無意味ではない」
「対艦弾道ミサイルの可能性について補足」
北朝鮮からの発射される弾道ミサイルの経路は、米本土を狙うなら沿海州から、シベリア東部上空を経て、アラスカ・北極海を通過します。
アメリカは、これに備えるために、アラスカにGBIを配備していますが、それ以前に対処するとしたら、イージスSM-3を日本近海に配備するしかありません。
SM-3の性能だけを考えるならば、イージスはオホーツク海に入れた方が良いのかもしれませんが、ロシアがそれを容認する可能性はないでしょう。
SM-3によるICBM迎撃には、性能の上で限界もありますが、ブロックIIBでは十分に可能になるはずですし、2018年から配備される予定のブロックIIAは、限定的なICBM対処能力を付与されており、ブースト段階のICBMを迎撃できる予定であるため、まさに日本海から発射するために最適のミサイルとなっています。
しかし、イージスでICBM迎撃を行うためには、前述のように防御力の低下が否めないため、海自護衛艦あるいは空自戦闘機による護衛が必要という訳です。
以上のように、今集団的自衛権行使容認が問題の背後には、日本としては、尖閣危機に対するアメリカの支援を得るためのアメリカの世論対策、アメリカとしては、朝鮮半島危機に対する日本の支援が必要という政治的・軍事的な背景があります。
日米交渉の内幕は分かりませんが、恐らく民主党政権当時から、アメリカからは圧力がかかっていた可能性が高いと思われます。
アメリカの圧力を受けることに関して反発を感じる方もいるでしょうが、尖閣を”戦争をすることなく”防衛するためにはアメリカのコミットメントは必須です。
もし、戦闘が起きるとしても、無人の尖閣周辺だけでの戦闘であれば、死傷者は自衛官や警察官、海上保安官に限られます。
もし、尖閣を明け渡し、その後の中国による沖縄への侵攻で抵抗するならば、沖縄を再び戦果に巻き込むことになります。
集団的自衛権を行使することになれば、確かに反対派が言うとおり、朝鮮半島危機では日本は戦闘に巻き込まれる可能性が高まります。
しかし、尖閣危機でアメリカを巻き込む事で、沖縄を再び見捨てないためには、負わなければならない代償です。
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