レーダー照射問題における高度な政治判断
中国艦による自衛隊艦艇に対する火器管制レーダー照射問題について、最初に報道を聞いた際の私の感想は、多くの一般の方とはかなり異なった物だったと思います。
「大した話でもないのに、これを公開するなんて、政府首脳は何と愚かなんだ!」と思ったのです。
ネットでもマスメディアでも、今回の事象について、ボタン一つでミサイルが飛んでくる状態であり、銃口を突きつけられた事と同じだとして、中国を非難し、自衛隊が危険な任務を行っている事に対して同情的な意見が多いように思えます。
しかし、もちろん詳細は書けませんが、似たような、あるいはもっと危険を感じる事象は、過去にもいくらでもあった話です。
対領空侵犯措置を行なう空自や日々周辺海域を哨戒している海自は、他国の艦船や航空機と睨み合うことは日常茶飯事ですし、ミサイルの長射程化が進んだ現代では、領空、領海から相当遠距離であっても、相当な緊張感を持って監視しなければならない状態にあります。
元自衛官のくせに、自衛官の危険を軽視するのかと言われそうですが、私からすれば、いつロケット弾攻撃を受けてもおかしくないイラクに、碌な権限も与えずに送り出した国民が、今さら何を言ってるんだという気にもなります。
日々行なわれている対領侵任務や海自による哨戒活動でも同じです。
(これらについては、また別記事で書きたいと思います)
今回の事象も、そんな数多くの事象の一つに過ぎません。
そのため、私は今回の事象も、それほど騒ぐほどのモノでもないにも関わらず、こちらの情報収集能力を暴露するなんて、何と愚かなのだと思ったのです。
中国が、今回の公開に対して、しらを切っていることから、政府は更なる情報開示を検討していると言われています。
「政府、レーダー情報の開示検討=防衛相「証拠持っている」―中国公船の動きは沈静化」(ウォールストリートジャーナル13年2月9日)
この記事の中でも防衛省は情報公開に反対している事が書かれていますが、当然ながら、当初の公開にも防衛省は反対したはずです。
小野寺五典防衛相は9日午前、都内で記者団に「証拠はしっかり持っている。政府内で今(どこまで開示できるか)検討している」と表明。「防衛上の秘密にも当たる内容なので慎重に考えていきたい」とも語った。
防衛省内には「自衛隊の解析能力を相手に教えることになる」として、開示に否定的な意見が強い。
今回の事象で、中国は違うということが判明しましたが、自衛隊を含む普通の軍事組織の場合、敵対国の航空機や艦艇が接近してきた場合、レーダー波のデータを収集することを防止するため、安全上などの観点で最低限のものを除き、レーダーは停止させます。止められないものについても、機能を限定して、古くさいレーダーと同じようなものに見せかけます。
このため、訓練や演習が止まることも頻繁にあります。何ヶ月も準備した演習であってもです。
「ロシア機進入で日米演習一時中断 日本海上空」(47ニュース10年12月8日)
普通の軍隊の場合、そこまでしてレーダー諸元(周波数等)の情報は、秘匿に努めます。
そして、敵国のレーダー諸元を把握していることは、こちらにスパイでも送り込まれて以内限り、敵には分かりませんから、自国のレーダー諸元を秘匿する以上に重要な情報です。
今回の公表は、自衛隊が照射を受けたレーダー波を、火器管制のための諸元で発信されていることを、自衛隊がデータとして把握していることを暴露してしまいました。
自衛官的な発想としたら、あり得ない行動だった訳です。
ですから、冒頭の私の感想「政府首脳は何と愚かなんだ!」となった訳です。
しかし、この話題が、私の想像を遥かに超えて話題になり、中国(外交)が必死に火消しに走り、アメリカのパネッタ米国防長官が「中国が太平洋の平和と繁栄に自国の利益を見いだしたいのであれば、他国を威嚇したり、さらなる領土を求めて領有権問題を起こしたりすべきではない」と述べ、中国を牽制するに及んで、私は政府首脳の評価を改めました。
今回の開示は、軍事的には、極めて重要な機密を暴露することであり、非常にマイナスです。
しかし、開示によって得られた外交的なプラスは、これを補って余りある大成果でした。
これこそ、”高度な政治判断”の結果であり、シビリアンコントロールが、よく言われる軍の暴走を止めるという消極的なものではなく、積極的な意味でプラスに働いた結果です。
同じ”高度な政治判断”でも、漁船体当たり事件で民主党政権が行なった、船長の釈放とは、余りにも差があります。
(民主党政権は、政治判断だと認めてませんが)
それにしても、今回の事象で、普通の軍隊がそこまでして秘匿に努める情報を、中国軍は野放図に垂れ流していることが明かになりました。
ハード面は、異常な軍拡をしていますが、こう言ったソフト面では、まだまだどころか、相当にレベルが低いと言えます。
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しかし外交的なプラスを得てもうまいこと使えないのが日本・・・・・・
投稿: なかさん | 2013年2月 9日 (土) 21時17分
数多様
>そして、敵国のレーダー諸元を把握していることは、こちらにスパイでも送り込まれて以内限り、敵には分かりませんから、自国のレーダー諸元を秘匿する以上に重要な情報です。
この点ですが、疑問があります。レーダーを照射して来たのは相手です。こちらにかなりの性能のESMがあることは相手も承知。すなわち、相手は、こちらが相手のでレーダの特性を知っていることは知っているのでは?
一般市民がそれを把握すべきか否かはともあれ、軍同士では既にお互いに知っていること。秘密にする必要はないと思います。
個人的には、秘密にすべきこととすべきでないことの線引きが、不合理に感じます。
ミサイルの射程、レーダーの探知距離、新しい戦術など、秘密にすべきことは多々あります。ですが、相手が分かっていることが分かりきっていることを、秘密にする必要は感じません。
投稿: ドナルド | 2013年2月 9日 (土) 21時50分
戦前もこうやって「支那の横暴」を、
国際社会に積極的に訴えていれば、
日米対決という悲劇は防げたかもしれませんね。
投稿: タヌキ | 2013年2月 9日 (土) 22時11分
今回は危険だっだ。或いは危険はまだ過ぎてないかもしれません。
中国はもっと反応が良くなら、批判されたのは自衛隊かも知れませんでした。具体的には早期にFCR照射の事(そもそも照射してないなんかは悪魔の証明です)が認め、だがこれを自衛艦の過密監視に対しの自衛的反応を説明する。
久遠氏も言った通り、普通に考えればレーダー情報を漏れたく無い。だから中国はそんな風に言うなら、ミスはミスですが相当の理解が得られるかもしれません、逆に自衛隊はターゲットに成りかなない。
今でも、情報開示は中途半端ですので決着つけないです。中国の最初の反応は馬鹿ぷり(明らかに適切な調整をしていない)だが、徐々に立ち直っているに見えます。
本来は航法データもセットとして出し:「私達は追尾しているけど、此れ以上の行動はやっていません。航路の邪魔なんかしていません。」
下らないの秘匿を重視するあまり、中国側にチャンスを挙げたではないですが?彼奴等はあそこを利用している。例え後の提出しても効果は最初から惜しみなく提出より遥かに劣るし、改竄されたではないがの疑いが増えている。
日本政府はもっと情報を開示する方向に進むべきと想います。
そもそも、この場合「解析能力」に関係あるのが?今回相手の距離はただ3kmで、しかもSide-LobeではなくMain-Lobeの補足なので、感が強く、性能限界を暴露する危険が無い。そして、軍艦は相手のレーダーを逆探知でき、解析も出来る位は何の秘密ではない。寧ろ、軍事小説を読んでいる人間にとって、数十秒程度で解析出来なければ失格だの感じです。
寧ろ、こういう場合は照射したレーダーの特性をウェブ上公開する方が面白い。
「中国艦によるレーダー照射について」
時間:201X年Y月Z日A時B分
照射時間:3分強連続
周波数:NATO Gバンド
PRF:XXXX/秒(或いはCW)
出力:数十kW推定(ここは流石にちょっと誤魔化す)
そして航海チャートも出して、艦の位置関係や彼奴等は何をやっているが公開しましょう。
=
私は良く行ったJapan Security Watchでこういうテークしています:
http://jsw.newpacificinstitute.org/?p=10742
タイトルは:海上のTekken:日本護衛艦対中国フリゲート
まあ、模擬戦闘すればの作戦面より法的面を気にしています。そもそも本当に開戦の場合、日本艦は反撃出来ますが?
法的根拠は第95条でしょう。だが、あれの後半には「正当防衛」なんかも有りますし、困難ではないですが?
もし中国艦の先制攻撃で対艦ミサイルを全部使う場合、打撃力が失い、砲戦距離まで接近しなければ攻撃ができません。この場合、反撃すれば正当防衛に嵌りませんではないでしょうが?
で言うが、もし中国艦は4発以上で来て、護衛艦は防衛手段(ESSMとデコイ等)の半数以下で対処したとしよう。この場合、中国艦は打撃力が残るとは言え、もう一回来ても理屈上同じ要領で対処できる。反撃はやも得ずではないとも言えます。この場合、反撃を選択したら、過剰防衛、況して正当防衛ではないと認定されますが?
久遠氏の意見を伺いたいです。
投稿: 香港からの客人 | 2013年2月 9日 (土) 23時15分
ロックオンされて警報を発するレーダー警戒装置なんて(護衛艦や哨戒ヘリでは)当たり前の装備ですし、詳細を探知するESMも護衛艦として当たり前の装備です。SH-60Kが本当にロックオンの確認を取れてないかもちょっと疑問で、単にPLANのフリゲートの射撃統制装置の画像を撮ってなかっただけかもという疑問点はありますが、今回公(おおやけ)にされた情報はごく常識的なレベルです。事件時の位置情報を当初伏せたこともそうですが、機密性が薄い情報を必要以上に秘匿するのも考え物です。特に納税者向けの態度として。あと諸外国への透明性という意味でも意義が薄いです。
尖閣諸島問題で言えば、変な事なかれ主義で情報を秘匿して、現実に起こってることの周知・広報が疎かになることの方がはるかに問題です。漁船と海保の衝突事件では映像公開に消極的だった理由の1つにもなっています。何でもかんでも隠すのがインテリジェンスではありません。必要なら情報を積極的に公開してこそのインテリジェンスです。今までの日本が最も不得意にしていた点であり、その意味で安倍政権の今回の姿勢は戦略的であり、我が国としては画期的と言えるレベルで評価できると思います。
投稿: だ | 2013年2月10日 (日) 00時33分
中国サイドでも「シナ事変」意識する人(国際的にも日本が悪い!ですからね…)いるでしょうから公開は致し方ないかと…敗戦国って悲しいです;;
装甲強化した船・飛行機開発なんて考えはないんでしょうか?自衛官死ぬのは嫌です><
投稿: ぽて | 2013年2月10日 (日) 04時39分
ぽて 様
>装甲強化した船・飛行機開発なんて考えはないんでしょうか?
そんな事をすれば機動性が落ちて却って死亡率が高くなると思いますよ。
投稿: タヌキ | 2013年2月10日 (日) 11時58分
装甲強化した飛行機
つA-10A ウォートホッグをどうぞ
投稿: アシナガバチ | 2013年2月10日 (日) 13時37分
この件でJSF氏は数多氏と議論をしているのですが、相も変わらず非をみとめず、自説は正しい、あるいは論旨のすげ替えに終始していましたね。
人の間違いには非常に敏感なくせに、自分の誤りは全く認めず誤った自説を垂れ流す。まるで中国政府みたいですね。
投稿: ハイジ | 2013年2月10日 (日) 14時49分
政府が公開を検討しているのが動画や画像となっておりますので、防衛上の機密が下手に洩れる事は無い様にに思います。国内外向けのアピールをしなければ政府が続けている日本が被害者と言うイメージを維持し辛くなってしまいますし。視覚的に得る情報は非常に理解がしやすく印象に残る物なのです。
ハイジ様、貴方がJSF氏を嫌っている事はよく判るのですがそれはここで論じるべき事なのでしょうか?僭越ながら場を弁えず他者を批判する姿勢は改めるべきと思います。
投稿: 橘花 | 2013年2月10日 (日) 15時41分
>橘花様
JSF氏と数多氏のツッターのやり取りはこのエントリーと関係があると思ったので紹介したまでですが。自分は場を弁えているつもりです。
こういう情報が交錯するトピックでは未確認の情報も飛び交います。また
自分の知識だけで判断していると、判断を誤ることも多々あるでしょう。
そのような場合は素直に誤りを認め、自説の訂正をすることが建設的な
議論につながると愚考します。
議論をねじ曲げてまで頑なに自説を守り、自分の肥大した自尊心を守ること
だけがJSF氏の主張の目的の目的だと思われます。そのような人物であることを知らずに氏の主張を鵜呑みする人達が過去如何に多かったでしょうか。
彼らは徒党を組んでJSFと異なる論を唱える人達を攻撃しました。
今回の数多氏とJSF氏のやり取りを読む際にもそのようなJSF氏のやり口を
他の読者も知っておいた方が宜しいのではないでしょうか。
JSF氏は他者は批判する、だけど自分への批判は一切否定するという人物で
あることを知っていれば件のやり取りでもどちらが正しいかより判り易いと思います。そう思ったからコメントしたまでです。
投稿: ハイジ | 2013年2月10日 (日) 18時01分
ハイジ 様。
敢えて嫌らしい言い方をしますが、ハイジさんはJSF信者並みにJSF氏を重要視してるみたいですね。
自分には、TPOも弁えず語らなければならないほどの人物とは思えません。JSF氏を否定的に評価しているのは、何もハイジさんだけではないですよ。
投稿: だ | 2013年2月10日 (日) 19時40分
不都合覚悟で止め撃つなら、日本はすべての情報を開示して、中国に不審なレーダーを受けた証拠の開示を要求するべきでしょう。
どちらに転ぼうが、中国の軍事水準や情報開示、または、秘密主義への批判のどちらかの不利益を与えられます。
しかし、民主党はダメでしたね。
確定的な証拠を蓄えろ的支持を出していれば、非開示を叩かれなかったし、きちんと海江田さんに教えておけば、恥かかなくて良かったし。
投稿: Suica割 | 2013年2月10日 (日) 21時36分
久しぶりにコメントします。コメントしようと思えばできたのですが、かなりアグレッシブなコメントをしてらっしゃる方が多数いらっしゃったので控えていました。
個人的には、今回の件は外交上では大勝利といってもいいと思います。外交部の反応を見る限り中国政府のメンツは丸つぶれといっていい状態でしょうから。
ただ、今回はレーダー照射「だけ」でしたが、実際の攻撃の恐れが十分にあったわけで、これについてROEの改定もふくめた対応が必要であろうとおもいます。ましてや、あいては我々の常識が通じない相手であればなおさらでしょう。
さて、今回の政府の対応ですが、官邸の中で行われた戦略的な決定だったのかそれとも行き当たりばったりの対応だったのか気になります。
投稿: 啄木鳥 | 2013年2月10日 (日) 21時49分
なかさん 様
尖閣については、現状維持でも良い訳ですから、無法を主張する中国牽制できただけでも、十分糧は得られたと思います。
これが、北方領土や竹島だと状況も違うと思います。
タヌキ 様
日露戦争の頃は、対外宣伝の意識が高かったですね。
ここから巻き返しでしょう。
香港からの客人 様
航路データは、出した方がいいかもしれませんね。
戦闘シミュレーションは、興味深いと思いますが、実際の海戦が生起する際には、あんな距離まで接近することはないので、今回の事象から、戦闘を考えるのは、あまり意味がないように思います。
仮に、あそこから本当に戦闘になったのなら、結果は、兵器の性能云々ではなく、指揮官の判断の速度で決まってしまったのではないでしょうか。
純粋に、双方同時に戦闘を始めたら……という思考実験は面白いでしょうが。
法的根拠の事は、別に記事を書きます。
ぽて 様
悲観せずに、少しでも改善する方向を考えましょう。
ハイジ 様
本件に関わるJSF氏とのやりとりは、ここでは言及しません。
ツイッターは残っていると思いますので、興味のある方は、ツイッターを見て頂ければと思います。
啄木鳥 様
今後どうするかは、真剣に考えるべき問題ですね。
これについては、いずれ何らかの形で書きたいと思います。
ドナルド 様
香港からの客人 様
だ 様
橘花 様
Suica割
補足記事を書きますので、そちらをご覧下さい。
投稿: 数多久遠 | 2013年2月10日 (日) 22時34分