以前にも書いた事がありますが、未だに誤解が蔓延っている、どころか、ほとんど正しい理解はされていない防空識別圏(ADIZ:アディーズ)について書きます。
小野寺防衛大臣の記者会見で次のようなやり取りがありました。
大臣会見概要(13年1月15日)
Q:中国の国防軍は、先週中国の軍の飛行機が中国と日本にある尖閣に入ったことに関して、「日本側の自衛隊の戦闘機が先に追跡をしたからだ」と、つまり「日本側が挑発をした」というふうに説明していますが、この説明に対する大臣のお考えをお聞かせください。
A:すみません、正確に今のお話なのですが、それは日本の領空に中国の公機、公の飛行機が入ったことが日本の航空機の追跡によるということなのでしょうか。
Q:東シナ海の上空において、中国の戦闘機が日本の防空識別圏に入ったといった報道がありました。この事実に関してはまず防衛省の方では公表はされていないかと思うのですけれども、しかし、日本側としては「中国の飛行機が入ってきたので日本の戦闘機も緊急発進した」というふうに説明しているかと思うのですが、それに対して中国の国防軍は「中国が正常にパトロールしている中で日本の戦闘機が追跡をしてきたので、日本側が挑発をした」と説明しています。
A:我が省からは正式に、例えば今言った戦闘機の話とかそういうことは公表しておりません。あくまでも私どもとしましては、通常の警戒態勢を日々行っているということでありますので、その範囲から抜けない活動をしているのだと思っています。
防衛大臣の記者会見における質問者が誰なのか承知していませんが、恐らく記者クラブの記者でしょう。
防衛に関して、全くの素人ではないはずです。
しかし、その記者にしても、ADIZを全く理解していません。
中国機の尖閣接近事例は頻発しているため、記者が質問した事例が、どの事例なのかハッキリしませんが、1月10日に発生した中国機(恐らくY-12だが裏付け情報なし)による日本領空接近に対して、那覇のF-15がスクランブルし、その空自機に対応する形で中国軍機が進出した事例を念頭に質問したと思われます。
「日中の戦闘機がスクランブル発進、尖閣上空で一触即発―中国」(レコードチャイナ13年1月12日)
中国国防部の公式サイトによると、同部は10日、尖閣付近に戦闘機を緊急発進させた問題について説明した。
現在、中国は尖閣諸島について「海と空からの定期巡視」を実行していると主張している。10日、巡視の航空機が日本の防空識別圏に侵入したため、自衛隊のF-15がスクランブル発進。自衛隊機が接近してきたため、中国軍がJ-10戦闘機2機をスクランブル発進させたという。なおJ-10戦闘機は防空識別圏には侵入していないという。
この事例、日中の戦闘機が接近する事態になれば、確かに緊迫した事態にはなります。
ですが、最近のY-12の飛行態様を見る限り、この日も、Y-12は、それほど尖閣には接近していないと思われます。
そうであるならば、両国の戦闘機が接近したとしても、国際法的には、互いに何ら権利がない状態ですから、特に目くじらを立てるような事態でもありませんし、もし空自機が攻撃を受けるような事態になれば、中国の無法ぶりは明かで、政治・法的には日本はむしろ有利な立場になります。
領空は、国際法で認められた日本の主権が及ぶ範囲です。
一方、ADIZは、法的には何らオーソライズされていない各国が勝手に決めた範囲です。
ウィキペディアの防空識別圏ページにも、明らかに間違った情報が載っています。
領空の外周の空域に防空識別圏を設定し、届けのない航空機が防空識別圏に進入した時点で空軍力による強制措置を含む対応がなされる。そのためのスクランブルは、当該機が防空識別圏に進入する姿勢を見せた時点で行われることが多い。
防空識別圏と対領空侵犯措置については、領空侵犯に対する措置に関する訓令及び達で記載されていますが、これらは公開されていません。
私が知る限り、防空識別圏について、ネット上で最も正しい情報が記載されている場所は、元空自の要撃管制官であり、現参議院議員である宇都隆史議員のブログです。
「防空識別圏って?【決戦まで、残り46日!】」(宇都隆史オフィシャルブログ10年5月27日)
ADIZはあくまで識別圏であって、自衛隊の行動範囲や日本の主権の及ぶ領域を表すものではありません。つまり、この識別圏内を飛行する全ての飛行物体については、味方機(フレンドリー)なのか、敵機(ホスタイル)なのか、あるいは彼我不明機(アンノウン)なのかを航空自衛隊は識別しますという領域を設定しているに過ぎないのです。基本的にADIZの殆んどの範囲は公海上空なのですから、どの国にも自由航行権がありますし、他国にとやかく言われる筋合いはないエリアなのです。
中略
ADIZに通報なく侵入したからと言って緊急発進(スクランブル)の対象となるわけではありません。先任管制官が緊急発信を下令するか否かは、総合的な情報から、「領空防護の必要性」に基づいて判断されるのです。しかも、相手国が勝手に決めているADIZに侵入するのですから、別に許可など必要ないのです。(そのような法的義務はどこにも存在しません。)侵入の許可を必要とするのは、相手国の主権が及ぶ領空に侵入する場合です。しかし、例え公海上であるからと言って、許可なく領空に近づけば間違いなく要撃機による防空行動の対象となりますので、「公海上空だから問題ないだろう!」という飛行活動は、相手国の防空体制を強く刺激するので賢明とはいえません。
ADIZは、防空識別圏という名前が、実態を反映した名前となっています。
防空のため、この範囲に入った航跡は、ちゃんと識別しろという範囲です。
連日報道されているY-12の防空識別圏に進入しての飛行は、尖閣の領空まで、まだかなり距離があります。
それでも空自機がスクランブルしている理由は、以前の記事でも書いたとおり、那覇基地が遠いため、尖閣周辺まで距離があるため、Y-12が尖閣に進路を向けた場合、領空侵犯されてしまう恐れがあるためです。
ですが、宇都議員が「総合的な情報から、「領空防護の必要性」に基づいて判断される」と書いているとおり、進路を領空に向けた場合、領空侵犯されてしまう恐れがあるケースでも、空自機は必ずスクランブルしている訳ではありません。
北方領土に対する領空侵犯は、無視するとしても、メドベージェフ首相による国後島訪問の際、同氏搭乗機は、方位を北海道に向ければ、容易に領空侵犯が可能な範囲を飛んでいたはずです。
しかし、空自はこの搭乗機にスクランブルはしていません。私は姿勢だけでも、行なうべきだと思ってますが、実際にやっていればロシアは大分強く反発したでしょう。
Y-12の飛行についても、実際に領空侵犯が発生し、首相から対処を厳格に行なう旨指示が出ているため、逐一反応していますが、私は感覚的にはそこまで一生懸命やらなくてもいいくらいじゃないかと思っているくらいです。
だからこそ、中国とすれば、その後に行なわれた戦闘機10機ほどによるADIZ進入事案につても、恐らく訓練だったでしょうから、空自の対応を逆に批判するような状態になっています。
「中国戦闘機が日本の防空識別圏に侵入、新華社「言いがかりだ」」(サーチナ13年1月11日)
詳細が報じられていないので、訓練態様は分かりませんが、日本のADIZの内側にある中国のオイルリグを艦艇と見立てた対艦攻撃訓練でも行なっていたのではないかと想像しています。
ただし、中国の反応は、次の引用する部分も、後半は完全な宣伝になっているので、こちらには注意が必要です。
日本の報道について、「誇張により情勢を緊迫させ、わざわざ危機をあおり高めている」と批判。日本の防衛識別圏については「そもそも法的な根拠がなく、国際法に違反している。釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)は中国の領土であり、日本が釣魚島の主権を有すると認める国はない。米国も釣魚島は日本の固有の領土とは認めていない」と論じた。
色々と書いてしまったため、論旨が拡散しがちですが、結論としては、ADIZに進入(あえて侵入とは書かない)した程度では、最近の報道が報じる程ヒステリックになる必要はないし、その権利もないということです。
対領空侵犯措置では、主権の範囲である領空さえしっかり守っておけばOKです。
再び、冒頭の記者会見です。
Q:今の件に関連してなのですけれども、結局、戦闘機が防空識別圏の中に複数入ったということで我々は報道していますし、情報も掴んでいるのですが、防衛省が「公表していない」と言って、中国の国防部というのはマスコミに対してそういうアナウンスメントをするわけで、今後防衛省として、こういった事案について積極的に公表していくということをやられるのか、今回の事案のことが起きても、引き続き防衛省として公表しませんということで済ますのか、どうなのでしょうか。
A:私どもは、日本の領土・領空・領海を守るという仕事でありますので、そのことを目的に活動させていただいております。公表できる事案につきましてはしっかり公表していきたいと思いますし、また反面それが逆に我が国の様々な能力ということも相手側に分かられてしまう内容でもございます。私どもとしては、しっかり対応しているということで、ご理解をいただきたいと思っております。
Q:公表するかしないかの基準というのは、以前、多分何かで作ったものがあると思うのですが、昨今の尖閣を巡る事案というのは、中国側の行動というのが変わってきている、事態が変わってきている中で、過去作ったルールに則したものでいいのでしょうか。
A:まず、公表させていただいておりますのは、特異的な事例ということ、それがあった場合に、公表させていただいております。また今後、この特異的なという判断がどういう形でなされるかは、今後も検討していく課題だと思っております。
防衛省としても、ADIZに進入したダケの事例まで、一々公表しないということです。
にほんブログ村
最近のコメント