PACー3化の軍事的合理性
今回は、報じられている全高射群PAC-3化が軍事的に評価できるかどうかを考えて見ます。
・MD上(対北朝鮮)
対北朝鮮でのMDを考える場合、2つのケースが有り得ます。
一つには朝鮮半島有事に際し、在日米軍基地を拠点とした米軍の行動を直接に阻止するため、米軍基地を攻撃する場合です。
この場合、ノドンのCEP(半数必中径などと訳されるミサイルの精度の指標で、撃ったミサイルの半数が集中する半径のこと)が2500mと命中率が悪く、たとえ滑走路の中心を狙ったとしても、滑走路どころか基地にも命中しないミサイルが多数となるほどの状況であることから、PAC-3で基地を防護すれば、200発を超えるノドンによっても基地の機能がマヒさせられることは、まず有り得ません。(ノドン全弾を迎撃する必要性はなく、重要な防護対象に落下するもののみを迎撃すれば良い)
全高射群のPAC-3化により、三沢、横須賀、岩国、佐世保といった米軍基地にもPAC-3を展開させられる余裕がでるため、PAC-3化は有意義だと言えます。
もう一つは、恫喝により日本の世論に圧力を加え、政府による(在日)米軍の支援を阻害しようとするケースです。
この場合、ニュースで報じられている防衛省の意図に反して、実際には大した意味はありません。
国民への恫喝に対して、PAC-3は防護範囲が狭く、6個群体制となったところで防護不可の地域が広範囲に及びます。その意味では全高射群をPAC-3化する価値は限定的、と言うより大した効果はないと言えます。
4月の弾道弾騒ぎの時を見ても明らかなように、PAC-3の防護範囲を秘匿することは事実上困難です。例え報道管制が行われたとしても、朝鮮総連関係者など、北朝鮮による展開場所の情報収集を防ぐことは難しいでしょう。
北朝鮮とすれば、防護範囲外の地点を狙って弾道ミサイルを発射するぞ、と言ってしまえば良いわけです。
・MD上(対中国)
中国の場合、無差別に人工密集地に弾道弾攻撃を行うことは既に政治的に困難で、軍事的な妥当性を説明できない場所に弾道弾攻撃を行うことは困難でしょう。
そのため、PAC-3化による防護範囲の拡大及び対処可能弾数の増加は意義があります。
中国との衝突の可能性が高い事態は尖閣などの離島防衛ですが、特に先島まで攻撃可能範囲におさめるSRBMに対する対処能力が大幅に増加する意義は大きいと思われます。
3個高射群では、PAC-3で東京や那覇、九州の自衛隊基地を防護するするので精一杯ですが、6個高射群がPAC-3化されれば、先島にも展開させられる余力が出ます。SRBMにはPAC-2でも一定の効果がありますが、PAC-3の方が効果的なことは明らかです。SRBMはイージスSM-3での迎撃が困難であることからも、PAC-3を投入できる価値は高いでしょう。
その意味で、全高射群のPAC-3化に対して、中国がどんな関心をしめすのか興味深いところです。
・防空戦闘上
2チャンネルの書き込みなどを見ていると、PAC-3化によって、防空戦闘にパトリオットが使えなくなるように誤解している方もいるようですが、PAC-2弾も同時に運用できるので、そんなことはないどころか、対航空機の防空戦闘上でも能力は向上します。
(4月の弾道ミサイル騒ぎの際に、展開部隊がPAC-3搭載ランチャーしか持ってゆかなかったことも、そう言ったイメージの植え付けに影響しているかもしれません。)
PAC-3化によりレーダーの能力向上が図られ、特に小型目標に対する探知性能が向上します。現代のSAM戦闘では、SAMに対してARMが使用されることはもはや当たり前の事ですが、PAC-3化によりARMのピックアップが早くなり、ARMに対する対処行動が取りやすくなります。
ARMに対する対処行動では、レーダー放射を止めることが最も一般的ですが、早期にARMをピックアップし、レーダー放射を止めれば、風の影響などにより、ARMが外れる可能性が高くなります。
また、既にARMが至近距離にある、他の脅威もありレーダー放射を止めることが適切でない、あるいはレーダー放射の位置を記憶し、その他の手段をもって誘導を補正して、レーダー放射が停止されていても高い命中率を確保できる高性能なARMに対しては、ARM自体をパトリオット弾で迎撃できます。PAC-3化で小型目標に対する誘導性能も向上するので、ARMを迎撃できる可能性も高くなります。また、ARM程度であればPAC-2弾でも迎撃可能ですが、PAC-3弾を使用できる状況(保有弾数に余裕があれば)であれば、より高い確率で迎撃できます。
・部隊編成
PAC-3化に併せ、各高射群4個高射隊体制から3個高射隊体制に削減されることが報じられています。
高射隊数の削減は、軍事的合理性から決して良い事とは言えませんが、削減による影響は限定的でしょう。
これは推測ですが、高射隊数が削減されても保有するランチャーが廃棄されるわけではないと思われます。
となれば、各高射隊の保有ランチャー数は現在の5から6ないし7となるはずで、高射群としての戦闘能力には大きな差が出てこないはずです。
パトリオットは、中SAMなどと異なり射撃方位が限られますが、3個高射隊があれば、完全に後背に回られない限り、カバレージの隙を衝かれることは防げます。後背が弱くなる分は、DCがFIのコントロールで気をつければ良い話ですし、陸自SAMが展開していれば、それによって後背を守ることも可能です。
MDに関しては、産経で報じられていたとおり、リモートロンチによるランチャーファームを設けることで、高射隊を削減してもフットプリントは増やせます。
(4月の弾道ミサイル騒ぎの際の市ヶ谷のように)
なお、報道では高射隊の削減の話しか出ていませんが、各高射群に1個ある整備補給隊も削減される可能性があるかもしれません。
・まとめ
PAC-3化の結果、ノドンに対する在日米軍基地の防護、対中国のMDや防空戦闘能力の向上では大きなプラス効果がありそうです。一方、付随的に実施されそうな部隊改編の結果、高射群の戦闘力は多少低下するものの、大きなマイナスにはなりません。
という訳で、全高射群のPACー3化は軍事的合理性に照らして評価できる施策です。
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